第68話

「あそこは……体育館裏?」


 黒木くろき 金糸雀かなりあの背中を見つけ、紅葉くれははそう呟いた。

 彼女が入っていったのは、薄暗い体育館裏の細道。あんな場所に二人で入るなんて、カツアゲか密会かの2択しかない。

 紅葉は駆け足で金糸雀を追いかけると、影から右目だけを覗かせて様子を伺った。


「……あれ?」


 しかし、そこには誰もいない。あるのは今はもう使われていない古い倉庫の入口だけ。

 わざわざここまで来て、通り抜けただけとは考え難い。だとすれば、2人はこの扉の中だろう。

 自分が追っていることも知らずに、瑛斗えいとと2人きりになろうなんていい度胸じゃない。

 紅葉は、胸の奥で疼く得体の知れない感情を抑えながら、デバイスで麗子れいこに見つけたということと、先に突入する旨を書いて送信した。

 そしてドアノブを握ると右に90度回し、扉を押し開く。ギィィィという音が腕から全身に響いてくる。


「っ……く、暗いわね……」


 紅葉は中を覗いて、思わず入るのを躊躇った。2人がいるはずなのに、何故か明かりがついていなかったのだ。

 スイッチを押せばつくだろうか。いや、こんな暗闇でスイッチなんて探しようがないし、見つけたとしてもほとんど使われていない倉庫だから、電球が切れている可能性もある。

 それなら入らなくて済む方法を試してみようと、「瑛斗?いるんでしょ?」と呼びかけてみた。

 しかし、返ってくるのは僅かに反響した自分の声だけ。まるで本当に誰もいないような……、


「先輩の友達〜?」


 パチッ!という音と共に電気がつき、倉庫の中が明るく照らされた。隅の方にはボロボロのマットや壊れたハードル、欠けた赤色のコーン等色々と置いてあるけれど、中央は綺麗に何も置かれていない。

 そんな空間に、金髪の彼女は居た。……いや、居なかった。


「瑛斗先輩なら居ないよ?」

「ど、どういうこと?」

「もしかしてぇ……先輩と私が一緒にいると思って追いかけてきたの〜?」

「っ……」


 その言い方が、追われていたことを知っていたかのように聞こえて、紅葉は思わず息を飲んだ。

 言葉だけじゃない、表情からも伝わってくる。勘違いなんかじゃなく、この女は間違いなく自分の存在を知った上でここに導いていた。紅葉はたった数秒でそう確信する。


「……瑛斗はどこ?」

「先輩は教室に帰ってもらったよ?私があなたと、もう1人とも話がしたかったから。表向きはトイレってことにしたけど」

「見事に騙されたってことね」

「そう、そしてもう1人も―――――――来た」


 金糸雀がそう呟くのと同時に、扉から麗子が飛び込んできた。そう言えば、細道に入る時に見たのは金糸雀の背中だけだった。

 こんな場所に瑛斗から行こうなんて言うはずはないし、金糸雀が案内したのなら後ろに立っているのは瑛斗のはず。

 少し考えれば、騙されていることくらい分かったはずなのに……。

 しかし、後悔してももう遅い。相手は気配りの鬼、裏を返せば周りを見ることに関しては一流ということ。彼女相手にコソコソと何かをすること自体に無理があったのだ。


「どういう状況ですか?」

「瑛斗は居ない。この子が私たちと話をしたいらしいわよ」

「なるほど……あざむかれた、ということですね?」


 麗子の目が不機嫌そうに細められる。相手を貶めるために動いていたはずが、いつの間にか自分が操られていたのだ。納得できないのだろう。


「私が話したいのは、他でもない瑛斗先輩の事だよ〜♪」

「まあ、そうでしょうね」


 やたらテンションの高い金糸雀にため息をつきながら、紅葉と麗子はその声に耳を傾けた。


「私と先輩の関係、知りたい?」

「……それはもちろん」

「教えてもらえるなら、聞いておきますけど……」

「ふふふ、それはねぇ―――――――――」


 金糸雀はニヤニヤ笑うと、胸ポケットから一枚の写真を取り出して2人に見せつけた。

 そこに映っているのは、金糸雀と瑛斗の姿。見知らぬ制服に身を包み、先程のようにお弁当のおかずを食べさせてあげているように見える。


「―――――元恋人、って言ったら分かるかな?」


 ドサッと人が崩れ落ちる音が倉庫内に響いた。

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