第67話

「え、S級?!」


 思わず声が漏れ、紅葉くれはは慌てて口を塞いだ。茂みの中から確認してみるが、瑛斗えいと達にはバレなかったらしい。

 ほっと胸を撫で下ろす彼女へ、麗子れいこは横からデバイスの画面を見せた。

 そこに映っているのは、まさに今、瑛斗の隣でケラケラと笑っている金髪の少女……金糸雀かなりあのプロフィールだ。


「容姿はA級、胸はそこそこの大きさですが、細身なので大きく見えますね。S級の決め手は、気配り上手でしょう」

「確かに、それだけがずば抜けているわね……」


 ランクを判定する数値は、生徒によって種類が違う。測定される人物の特徴から、プラス要素マイナス要素に関わらず、数値の高いものから順に一定数を抽出していくことになっている。

 その数値の合計から、それぞれのランクへ振り分けられるという仕組みなのだが、入学時に誰もが目にするあの測定器には変わった設定がされていた。

『恋愛に深く関係しない要素は、数値がどうであれ除外される』というものだ。

『優しさ』という項目は一見大事そうに見えて、大人になってからも重要視し続ける人は案外少ない。ずば抜けた病的なまでの優しさでなければ、項目に入ることはまず無いらしい。

 ならば、類似した『気配り上手』が項目に入っているのはどうしてか。紅葉と麗子の頭の中に浮かぶ答えはひとつしか無かった。


「彼女は気配りの鬼……」

「あのギャルギャルしい見た目の割に、男ウケのいい性格ってことね。なかなか厄介な相手じゃない」


 あの測定器は本質を見抜く。あの黒木くろき 金糸雀かなりあが持っているのは、合コンで率先してサラダを取り分ける女のような計算されたものではなく、本物の気配りの上手さ。

 弁当を食べる様子を見ている限りでも、彼女は瑛斗の世話をあれこれとしていた。とても自然な動きで、してあげた感を微塵も感じられない。


「先輩の好きなハムが入ってたよ〜!どーぞ♪」

「ありがとう。うん、美味しいよ」

「えへへ♪相変わらず、先輩は世話されるのが上手いね!」

「カナが上手いんだよ。僕は言われるがままにしてるだけだもん」

「素直にされてくれる人って、結構珍しいんだよ?」


 2人が会話するを見て、紅葉はこめかみをピクつかせた。何が『どーぞ♪』なんだと。可愛こぶってんじゃねぇよと。

 瑛斗にデレデレする様子がないことが唯一の救いだろう。もしも一瞬でもそんな表情をされていたら、戦うまでもなく敗北を認めざるを得なかったのだから。


「二人の関係も調べておく必要がありそうですね」

「ええ。見たところ、数ヶ月どころの付き合いではなさそうだけれど」

「出会い頭に先輩と呼んでいましたから、それが身についている関係……中学の先輩後輩とかでしょうか」

「おそらくそれね」


 とてもじゃないが、あのお互いの間合いを理解したような時間の過ごし方は、自分にはできない。紅葉は直感的にそう思っていた。

 瑛斗の顔も、心做しか自分といる時よりも安心しているように見える。

 時間。それを積み重ねた者にしか手にできないものがあるということを見せつけられているような、そんな気分だ。


「何か弱みでもないと勝てないわね」

「弱み、ですか。あの姿だと、悪い男との付き合いなんてのもありそうですが、その証拠を掴むのは難しいでしょうし……」


 麗子が顎に手を当てて唸る。何か情報はないかとデバイスをいじっていた紅葉は、ふと、とあるステータスを見つけて手を止めた。

 自分同様に黒木 金糸雀にも与えられている、『ステータスを隠す権利』。それを発動している箇所が一つだけあることに気が付いたのだ。

 一体、何を隠しているのかは分からない。けれど、人が隠し事をするのは、その方が自分に都合がいい場合だ。

 つまり、その向こう側を覗くことができれば、確実に弱みを握ることが出来る。そうなれば、それを武器に彼女を追い出すことだってできるはずだ。


「白銀 麗子、あの女の弱みを見つけるわよ」

「分かりました。顎で使えるくらいの大きなのが見つかるといいですね♪」

「……あなた、いい性格してるわね」

「東條さんほどでは無いですよ?」

「言ってくれるじゃない、腹黒のくせに」

「ふふっ、臆病者さんが何を言っているんですか」

「っ……」

「っ……」


 2人はお互いに睨み合って、それからぷいっと顔を背ける。やはり、こんなやつと協力するなんて無理があったのだ。どちらも心の中でため息を着いていた。

 しかし、ベンチの方に視線を戻すと、いがみ合いは収まり、代わりに焦りがひょこっと顔を出す。


「い、いない……?!」

「いつの間にどこかへ……?!」


 立ち上がって辺りを見回してみるも、既に瑛斗たちの姿は消えていて、どこに行ったのかも分からない。

 教室に戻ったのか、それとも食堂に向かったのか、もしかすると2人で校内を散歩しに行ったのかもしれない。


「探すわよ!」

「はい!東條さんは校庭の方を、私は校内を見てきます。見つけたらメッセージをくださいね!」


 その言葉に頷き、紅葉は茂みから飛び出した。そして同じく飛び出した麗子と背中を向け、2人はそれぞれの任せられたエリアに向かって走り始める。


 先にその姿を見つけたのは、紅葉の方だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る