第66話

「い、一体どういうことよ……」


 休み時間の度に現れる見知らぬ女子生徒。瑛斗えいとは彼女が来る度、わざわざ廊下に出て話していた。

 自分が話しかけても気だるそうな返事をするくせに、やたらと親しそうだ。なんというか、少しだけ羨ま―――――――――。

 そこまで思いかけて、紅葉くれはは慌てて首を振った。どうして自分が、見知らぬ女子生徒に対して羨ましいなんて思うのか。

 そんなの、まるで……嫉妬ではないか。


「一体何を話しているんですかね?」

「分からないわ。ここからじゃよく聞こえ……って、白銀しろかね 麗子れいこ?! いつの間に現れたのよ!」

「しーっ!声を出すと居るのがバレますよ?」


 麗子は紅葉の口に手を当てると、一緒に瑛斗たちの様子を伺い始めた。彼女も瑛斗に近付く存在に興味があるのだろう。

 それもそのはずだ。だって、彼の周りにいる女子は、例外なく自分にとっての敵なのだから。

 麗子は昨日の一件で自分の不甲斐なさを思い知った。同時に、敵の力量を見誤ることの恐ろしさも。だから、もう手抜きなんてするはずがない。


「先輩、今日お弁当一緒に食べようよ〜♪」

「一緒に食べている人がいるから―――――――」

「一日くらいいいよね!はい、けって〜い♪」

「仕方ないなぁ」


 耳を澄ませば、そんな会話が聞こえてきた。瑛斗があの女子生徒に手を焼いているということは、紅葉と麗子にもよくわかった。

 親しげではあるものの、なにか特別な関係という訳では無さそうだ。


「お昼、東條さんがぼっちになりそうですね」

「…………」

「ショックで声も出ないですか?さすが、ひとりじゃ何も出来な……」

「白銀 麗子、あなたこそどうなのよ。ぼっち、ぼっちじゃないの話をしていていいの?」


 紅葉がそう言うと、麗子はまるでその言葉を待っていたかのように笑った。


「私が独り占めしようと思っていたのですが、そちらもその気なら無理そうですね」

「ええ。黙ってあの頭の悪そうな女に、瑛斗を取られるわけにはいかないもの」

「なら、ここは協力と行きましょうか。あの女を二度と瑛斗さんに近づけない体にしてあげましょう」

「あら?腹黒麗子様がその程度でいいのかしら?」

「見たところ一年生ですからね。手加減が不要だと言うのなら、男性を見ると絶叫するくらいのトラウマを……」

「あー、それはさすがにやりすぎね」


 どちらにせよ、まずはあの女がどこの誰なのかを調べなければならない。こういう時に学園デバイスが役に立つのだ。

 紅葉と麗子はどちらからともなく手を取り合うと、目を見て小さく頷いた。今ここで、妹対策同盟は『瑛斗周辺事態同盟』へと進化したのである。


「ふふ、昼食を生贄に彼女の人生をクローズね」

「……いきなりどうしたんですか?」

「も、元ネタが分からないならいいわ」


 自分と違って、友達の多い彼女はラノベ文化を知らないらしい。不思議なものでも見るような顔で首を傾げる麗子に、紅葉は少し恥ずかしさを覚えながら教室へ戻った。



 昼休み開始を告げるチャイムが鳴ると、瑛斗は紅葉の所へ来て、「今日は他で食べるよ」と伝えた。

 事情を知らなかったのなら、彼女は驚いて引き止めただろう。けれど、怪しまれてしまってはいけない。

 彼女は「わかったわ、今日は一人で食べる」と頷くと、お弁当を机の上に置いて見せた。その様子に、瑛斗は「埋め合わせはするから」と言い残して、教室を出ていく。

 それから数秒後、紅葉は麗子と目配せをすると、この場にいる誰もが『共に行動している』とは思わないよう、あえて時間をずらして廊下へと出た。

 実のところ、この学校でS級同士で一緒にいるということはほとんどない。男と女ならまだしも、女同士なんて火種にしかならないからだ。

 これは紅葉と麗子だけに限らず、それぞれの学年に両手の指で数えられる程しかいないS級女子ほぼ全員に言えること。

 瑛斗という存在が、学園長公認の勝負で取り合われる現状、その対立はさらに激しくなるはず。

 まだ一般生徒が知らないからいいものの、もしも一緒にいるところを見られれば、勘ぐられてしまってもおかしくない。

 自分たちの今後の動きのためにも、出来れば物語の登場人物の中だけで話を完結させたい。2人はその考えのもと、そんな行動を取っていた。


「中庭、ですね」


 麗子がそう呟き、紅葉が頷く。瑛斗がやってきたのは噴水のある中庭だった。ここで待ち合わせをしているのだろう。

 2人は舗装された道から外れた位置にある茂みに身を潜め、彼の様子を観察する。麗子はデバイスで写真なんかも撮っていた。


「それ、後で送ってもらえる?」

「……どうしてですか?」

「そ、それは……今後の参考にしようと思ったのよ!」

「それなら送れませんね。東條さんにしか利がないじゃないですか」


 紅葉は一瞬、言葉に詰まった。麗子の言う通りだと思ってしまったのだ。写真を送らないのは、意地悪ではあるものの、自分の勝利を考えれば普通はしない事だから。

 写真の1枚や2枚で何が変わるのかと言われればそれまでだけれど、紅葉の口にした理由が後付けであることに、麗子は気付いたのだろう。


「っ……何よ、ケチ過ぎない?」

「欲しいなら欲しいといえばいいんですよ。そうすれば、考えてあげなくもないですけど」

「ほ、欲し―――――――」

「無理です。残念でした」

「あ、あなたね……!」

「しっ!来ましたよ、あの女が」


 ガッと立ち上がった紅葉の頭を、麗子が掴んで茂みの中に引き戻す。今はこんなことをしている場合ではないと思い直したのだろう、紅葉の方もすぐに大人しくなった。


「瑛斗を狙う女、どこの誰かはわかったの?」

「ええ、分かりましたよ。彼女はカナリア…………黒木くろき 金糸雀かなりあです」

「珍しい名前ね、初めて聞いたけど」

「それもそのはずですね、学年が違いますから。ですが決して侮れません、彼女は一年生にして私たちと同じ――――――――」



 ―――――――――――――S級です。

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