第65話
夜、私はご飯を食べてからお風呂に入って、ようやく一息つける時間が来た……と思いつつも、机に向かいながらそわそわしていた。
昨日、
瑛斗に直接聞く訳にも行かず、白銀 麗子の方にメッセージを送っているというのに、既読だけつけて返信はなし。明らかにわざと無視されている。
時計を見てみれば、もう午後8時を過ぎていた。この時間なら、とっくに解散して家に帰っているだろう。
……でも、1時間前に瑛斗へ送ったメッセージすら、いまだに未読という事実が、私の心を揺らしていた。
彼のことだから、きっと確認していないだけ。そう思っているはずなのに、自分がそう信じたいだけなんじゃないかと心の中で首を振ってしまう。
もしかすると、私が危惧しているような状況になっているかもしれない。何度、白銀 麗子へ『どこにいるの』と送っても反応がなかったのは、そのためではないか。
ピコン♪
その音に、体がビクッと跳ねた。学園デバイスの着信音だ。机の上にあったそれを手に取って確認してみると、メッセージが届いていた。白銀 麗子からだ。
一瞬、勝利宣言でも送ってきたのかと思ったけれど、その内容はむしろ真反対のものだった。
『私、ようやく瑛斗さんの恐ろしさが分かりました』
この一文が意味するのは、つまるところの『今日、負けた』ということ。それも、あそこまで自信ありげだった彼女にここまで言わしめるほどコテンパンに。
『理解するのが遅かったわね』
『……そう言われても、今回は仕方ないかもしれません。私、東條さんの力足らずで瑛斗さんに勝てないのだとばかり思っていました。違ったんですね』
『当たり前じゃない。瑛斗の中に恋愛感情を芽生えさせるのは、1回のデートなんかでは無理よ』
2回、3回なら可能という意味ではない。それどころか、可能性すらあるのかも分からない。
私達はそういう相手に立ち向かっている。白銀 麗子にはその覚悟がなかったのよね。まあ、初めの私も同じようなものだったから、人のことは言えないけれど。
……しかし、顔は見えないものの、文面だけで落ち込んでいることは伝わってきた。彼女のように、失敗らしい失敗をしてこなかったであろう人間には、今回のは堪えたのだろう。
勝つだけなら永遠にそのままで居てもらいたいところだけれど、生憎、私は
白銀 麗子には、ずるい手は使っても、セコい勝ち方はしたくなかった。だから、こんな敵に塩を送るような真似をしたんだと思う。
『これでようやく同じ土俵に立てたじゃない。土俵の外で転んでも、まだ試合が始まっていないなら負けたことにならないわよ?』
『……それは、私に戦えと言っているのですか?』
『もちろん。あなたが負けるのは瑛斗じゃない、この東條 紅葉よ。次勝手に転んだら許さないから』
『変わった人ですね。この手を引っ張りあげたこと、後悔しますよ?』
送られてきたその一文に、紅葉は思わず頬を緩ませた。画面の向こうで、意地の悪い笑みを浮かべている白銀 麗子の姿が脳裏に浮かんだから。
『私にその予定は無いわね』
『さすが、休み時間に人間観察しかやることの無いぼっちの東條さんには、見え透いた未来が分からないのですね』
『……あなた、口を開けば悪口しか出てこないのね』
『それはお互い様では?』
『だって嫌いだもの』
『私もです』
最後のメッセージに既読をつけて、私はスマホを元の位置に戻した。明日のために充電器を刺しておく。倒れ込むようにベッドの上に仰向けになって、真っ白な天井を見つめた。
互いに攻撃し合ったはずなのに、不思議と苛立ちは覚えていない。むしろ、スッキリとした気分だった。
理由は分からない。けれど、考える必要も無いだろう。
とりあえず、私のやることは自分の力で瑛斗を落として見せること。そうならない未来を消しただけで、目標に近付きも遠ざかりもしていない。
「明日からも頑張らないと……」
私はそう小さく呟いて目を閉じた。
あの様子なら、今のところはまだ私の方がリードしているはず。他のS級が動いているという話も聞かないし、瑛斗に一番近いのはやっぱり自分だ。
けれど、それはまだ不安定な余裕で、いつ覆されたっておかしくはない。明日あたりに何か大きな勝負に出ないと、ぽっと出の渋谷系女子にかっさられたり…………いや、それはないか。
一瞬、金髪ツインテールの美少女が脳裏を過ったけれどすぐに消えた。それよりも、今日は一日中気を張っていたからすごく疲れている。明日のためにも、早めに寝て――――――――――――。
心の中で言い終えるよりも先に、深い夢の中へと落ちてしまった。
翌日、私は一人で学校に到着した。いつもは横断歩道で会うはずの瑛斗が、珍しく姿を表さなかったのだ。
おかしいと思いつつも、その時の私は「偶然よね」くらいにしか思っていなかった。彼のことだから、寝坊でもしたのだろう、と。
けれど、そんな考えはトイレに行こうと教室を出た時に、瑛斗の姿を見つけたことで吹き飛んでしまう。
「先輩、まったね〜♪」
「うん、またね」
瑛斗が階段の前で、見知らぬ女子生徒に手を振っていたのだ。
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