第64話
2ゲーム目が終わり、飲み物を買って休憩していた時のこと。
「そう言えば、
さっきまで
「どうしてって聞かれても、僕にも分からないよ」
「分からないのに一緒にいるんですか?」
「友達って、そういうものじゃないの?」
「……私にもよく分かりませんけど、何かしら理由はあると思いますよ?」
理由かぁ、そんなの考えたこともなかった。けれど、今更一緒にいるのをやめようとは思わない。多分、自分でも気付かないところで彼女のことを『近くに居るべき存在』だと認識しているのだろう。
「あえて理由をつけるなら、紅葉と一緒だと飽きないからかな」
「飽きない、ですか?」
僕が頷くと、白銀さんはよくわからないといったふうに首を傾げた。「もっと詳しく……」と聞いてきたけれど、僕は注文したポテトを一本食べてから、「そろそろ3ゲーム目をはじめよっか」と強引に話題を変えてしまう。
答えれないわけじゃない。今は答える必要が無いと思ったのだ。
「早くしないと、僕が代わりに投げちゃうよ?」
「だ、ダメですよ!瑛斗さんが投げるとガーターになっちゃいます!」
「12回連続ガーターの腕前を舐めない方がいいよ」
「舐めてはいませんけど……とにかくダメです!」
持ち上げたボールが奪われる。白銀さんはそのままレーンの真ん中に立ち、相変わらず綺麗なフォームでストライクを取った。
「ふふっ、12回目のストライクです♪」
「僕のガーターも帳消しだね」
「スコアは分けてあげませんよ?」
「ケチだなぁ」
「ええ……」
僕達は、どんどん開いていく合計スコアを見ながら6ゲーム目までプレイし、ボーリング場を出たのはもう空がオレンジに侵食され始めた頃だった。
「今日は楽しかったです!」
「僕もだよ。明日は筋肉痛になりそう」
「普段から運動しておけば、なんてことないですよ?」
「それが出来る人間なら、もう少し明るい性格だったと思うけど」
「ふふっ、私は今の瑛斗さんも好きですけど♪」
白銀さんの言葉で、僕達はお互いに黙ってしまった。表情を見るに、彼女の方はつい言ってしまったという感じで、その場の雰囲気に任せて口走ってしまったらしい。
僕の方は、単に会話が終わったのかと思っちゃっただけだけど。
「そう言えば、白銀さんの家ってここから遠いの?」
「いえ、電車で二駅ですよ」
「そっか、なら送っていかなくても暗くなる前に着けそうだね」
「そうですね。それでも送ってもらえたら、喜んじゃいますけど♪」
「じゃあ、送っていくよ」
「いっその事、家に泊まっちゃいますか?」
「それはいいかな。
「……冗談ですよ!本気にされるとちょっと恥ずかしいじゃないですかー!」
ああ、冗談だったのか。白銀さんのようなタイプの人は、すぐに人を家に誘っちゃうのかと思ったよ。
もちろん、僕は家に誰かを誘った経験なんて、小学生以来一度もない。来ても楽しいもんじゃないだろうし、別に気にしてるわけじゃないけど。
「それじゃあ、私はここで―――――――ん?」
駅の改札の前で別れようとした時、白銀さんのポケットからピコン♪という音が聞こえてきた。彼女はそれを、ボーリング場にいた時と同じように確認し、カバンの中にしまう。
―――――――僕は見逃さなかった。一瞬だけ、その顔から笑顔が消えたことを。
「瑛斗さん、今日のお別れの前に教えてください。貴方が東條さんと一緒にいる理由はなんですか?」
「さっきも答えたよ?飽きないからだって」
「飽きないだけで、ずっと近くにいれるんですか?」
何故か、彼女の言葉に熱が籠っている気がした。僕には分からない、どうしてそこまで理由が知りたいのかが。
けれど、今なら言ってもいいような気がした。ただ彼女を傷つけるだけにはならないような気がした。
「紅葉は怒ったり笑ったり、ツンツンしたと思ったらデレたり。いつも色んな顔を見せてくれるから、一緒に居ると楽しいんだ。だから一緒にいる」
自分でも驚くくらい、思ったままの言葉が出てきた。普段は意識なんてしないけれど、自分にとって紅葉が他のクラスメイトたちとは違う認識を持っていることは明らかだ。
ただ、内心驚いている僕とは反対に、白銀さんはやっぱりといった表情を見せている。彼女は俯き気味になると、いつもよりも少しだけ低いトーンで呟くように言った。
「……私のようにいつも笑顔じゃ、つまらないってことですか?」
下唇を噛み締めながら、真剣な目でこちらを見つめる。その姿に、少し間を置いてから僕は首を横に降った。
「そういう意味じゃないよ。白銀さんには白銀さんの良さがあること、僕は知ってるから」
そこで言葉を終わらせれば、彼女は笑ってくれたかもしれない。けれど、僕はあえて終わらせなかった。
「でも、その良さを自分で潰してるんだよ。本当の自分を隠してるせいで」
「本当の、自分……?」
「昨日、保健室で一瞬だけ見せた感情的な姿。僕はあれが本当の
「そ、そんなことは……」
「ないの?」
「っ……」
答えは返ってこない。つまりは、そういうことだ。
何の目的なのかは分からないけれど、白銀さんは僕に対して、度々世の男子が喜びそうな言葉をかけてくる。
僕を楽しませたい、喜ばせたいというだけなのかもしれないが、それにしてはあまりにも出来た話過ぎた。
白銀さんのように完璧な女の子が、僕にそこまでする理由なんてどこを探しても見当たらないのだから。
「無理に本当の自分を見せて欲しいわけじゃないよ。隠したい事くらい、僕にだってあるからね」
「…………」
「けれど、約束して欲しい。自分を傷つける嘘はつかないこと、吐いた嘘を忘れないこと、それから――――――――――――」
『実現できない嘘は吐かないこと』
僕がそう口にした瞬間、白銀さんは驚いたように目を見開いた。そしてぎこちなく首を縦に振ると、何も言わずに改札に向かって歩き出した。
「本当の自分を出したくなったら、いつでも言って。すぐに保健室へ向かうから」
「…………」
彼女は一度立ち止まったけれど、すぐにまた歩き出し、柱の向こうへと消えていく。
僕は、彼女が乗ったであろう電車が駅を出るまで、見えない場所にあるその小さな背中をずっと見つめていた。
「友達、だもんね」
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