第63話

 翌日の放課後、僕は駅前の広場にある二足歩行の猫をかたどった『猫太郎像』の前に立っていた。

 この猫太郎像、近所の小学生が紙粘土だけで作ったらしく、何かの賞を取ってここに飾られているんだとか。屋根とかないけど雨に濡れても大丈夫なのかな?

 そんな心配をしながら猫太郎像を観察していると、トントンと肩を叩かれた。ようやく来たらしい。


白銀しろかねさん、遅かったね」

「お待たせしてすみません!まさか、友達の委員の仕事を手伝わないといけなくなるとは……」

「白銀さんは優しいね。僕にはそんなことを頼んでくる友達がいないから楽だよ」

「ふふっ、それなら今度私が頼みましょうかね♪」

「高くつくよ?」

「りんごジュースで」

「乗った」


 そんなやり取りをした後、広場を出て交差点を渡る。僕らの格好はもちろん制服、昨日結んだ2人で遊びに行くという約束を果たすために、こうして一緒に歩いているのだ。

 ちなみに、学校で待っていなかったのは白銀さんが「待ち合わせの方がそれっぽくないですか?」と言ったから。

 一体、何っぽいのかは分からないけど、断る理由も特になかったから言われた通り待っていたのだけれど、集合が予想以上に遅くなってしまった。

 そのせいなのか、元々予定していたボーリングは満員、カラオケも満室、ゲームセンターも学生でごったがえしていた。


「みんな、学校帰りは寄り道しちゃダメって習わなかったのかな」

瑛斗えいとさん、説得力ゼロですよ……」

「僕の場合は白銀さんに無理矢理連れてこられたことにするから大丈夫」

「酷くないですか?!」

「冗談だよ、連れてこられたけど、あっさり着いてきた自分も悪かったって言うから」

「私の罪が変わってないじゃないですか!」

「赤信号、みんなで渡れば―――――――」

「怖さの総合値が上がるだけですけど?!」


 なんだか、白銀さんのツッコミが鋭くなった気がする。腕が磨かれたのか、それとも今の状況に少しイライラしているからなのか。

 どちらにせよ、元より予定していた遊び場所は全て入れそうになかった。どうしようかと首を捻ってみるも、遊びに行くことが滅多にない僕には何も絞り出せない。


「日を改めようか?また休みの日にでも来れば、入れるかもしれないし」

「……いえ、今日がいいです。瑛斗さんだって、休みの日は家でゆっくりしたい派じゃないですか?」

「確かに。なら少し待つけど、比較的空いてたボーリングにしよっか」

「いいんですか?さっきボーリングは肩を痛めたことがあるから嫌だって……」

「大丈夫だよ。思い出してみたら、痛めたのは膝の方だった」

「どっちにしても大丈夫じゃない気がしますけど?!」

「多分、平気だよ。今度は転ばないように気をつけるから」


 僕はそう言って、ボーリング場の入っている大きな建物へと向かった。「あ、投げて痛めたわけじゃないんですね」と呟いた白銀さんも、すぐに後を追いかけてくる。

 中に入ると、まずエレベーターで階を上がり、受付を済ませてからシューズをレンタルした。

 結局、待ち時間は30分程で済んだ。タイミングが良かったらしく、数組が一気に退出してくれたのだ。

 割り振られたレーンの椅子に荷物を置けば、次はボール選び。ボーリングは久しいから、今の自分に合う重さがどれかよく分からないなぁ。


「白銀さんはどれを使うの?」

「私はとりあえず8ポンドを。慣れてきたらもう少し重いのにしようと思います」

「なら、僕もそうしようかな」


 ボールが分かりづらくなりそうだから、色の違う9ポンドの方を持ってレーンに戻る。

 前から思っていたけど、ボーリングの球にある穴って指が抜けなくなりそうで怖いよね。だから、Lサイズのやつしか使ったことないや。

 白銀さんの方は指が細いから、Mサイズでも大丈夫みたい。羨ましいなぁ。


「先手は私ですね、お先に失礼します♪」

「うん、頑張って」


 僕の声に頷いた彼女は、タオルでボールを綺麗に拭いてから、色の違う床へと踏み込んで行った。僕の番じゃないのに、一投目だから緊張してしまう。

 白銀さんは短く息を吐くと、左手に持った球を弾みをつけながら後ろに引く。ラインギリギリに右足を置き、球はそっと置くように転がされた。

 そして、一直線に1ピンと3ピンの間に向かっていったそれは、ぶつかったピンを弾き飛ばして奥へと堕ちる。心地いい音が場内に響き渡った。


「やりました!ストライクです!」

「おお、さすが白銀さんだね」


 嬉しそうに両手でガッツポーズしながら、こちらへと戻ってきてハイタッチを求められる。僕はそれに応じようと両手をあげようとして―――――――笛の音に遮られてしまった。

 すぐにボーリング場のスタッフの人が駆け寄ってきて、「靴を履き替えてください!」と怒ってくる。そう言えば、僕も靴を履き替え忘れていた。


「ご、ごめんなさい……」

「次履いてなかったら、出てってもらいますからね」

「はい……」


 恥ずかしいのか、顔を赤くしながら弱々しく頷く白銀さん。スタッフの人がどこかへ行くと、沈んだ瞳をこちらに向けてきた。何か言って欲しいらしい。


「そう言えば、白銀さんって左利きだったんだね」

「……それ、今言うことですか?」

「いや、教科書を見せてもらってた時、やけに肘が当たるなって思ってたんだ」

「…………まあ、むしろ瑛斗さんらしくて安心しました。ボーリングを続けましょう♪」


 よく分からないけど、元気になってくれたみたいだからよかった。

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