第61話
けれど、
「……そうですね、私の勘違いだったようです」
「先生もお疲れなのでしょう。少し休んだ方がいいかと」
「教師というのはそんな甘いものじゃないんですよ。休めるなら休んでいます」
「その割に、保健室まで来る時間はあるんですね?」
麗子は言い終えてから、しまったと視線を逸らす。なかなか諦めてくれない先生にイライラしていたのかもしれない。つい、素の方が漏れてしまった。
綿雨先生はそんな彼女をしばらく見つめていると、いつも通りのぽわぽわした笑顔を浮かべて、汚れた制服を手に扉へと歩き始めた。
「
「……生徒の本当の姿を認識できる教師なんていないと思いますよ。あまり気に病まないでください」
「お気遣いありがとうございます〜。でも、白銀さんと
「……ええ、ご自由にどうぞ」
その言葉を背中に受け、保健室から出ていく綿雨先生。ピシャリと言う音が聞こえてから数秒後、麗子は深いため息をつく。
緊張の解けた安堵感と、肩こりのような気だるさの混ざった吐息だった。
けれど、このまま横になるわけにはいかない。なぜなら、麗子は瑛斗を探さなくてはならないから。
先程まで同じベッドの上にいたはずなのに、いつの間にかそれは温もりだけになっていた。
思い返してみれば、緊張状態で気にかけられなかったけれど、先生との会話中に布団の膨らみがなくなっていたような気がする。
彼女はその不確かな記憶を頼りに、瑛斗がこの部屋から出ていないことを推測し、彼の捜索を始めた。
「…………あっ」
「――――――――」
数秒後、捜索のあまりの短さに麗子は拍子抜けしてしまう。どこなら隠れられるだろうかと手始めにベッドの下を覗き込んだら、眠っている瑛斗の姿を見つけてしまったのだ。
1分間程、その横顔を眺めながら固まり、それから肩を叩いて目を覚ましてもらう。さすがに床に放置するのは気が引けたから。
「白銀さん?おはよう」
「おはようじゃないですよ。どうしてそんなところにいるんですか?」
「落ちちゃったんだ。何か危険な気配がしたから、ベッドから出ようと思ったんだけどね」
「……怪我はしてないですか?」
「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」
「いえいえ」
一瞬、自らの意思で存在を隠したのかと思ったけれど、あくまで偶然だったらしい。麗子はその事実に、曖昧な反応をすることしか出来なかった。
けれど、その偶然が私達を救ってくれたことは事実。結果的に下着姿を見られることにはなったけれど、今後の展開を考えればどうでもよかった。
だって、やっと2人きりになれたのだから。
ベッドの下から這い出てくる彼の姿を横目に、麗子はベットを囲むように設置されたカーテンをスライドして閉じる。これで外側からの視線を気にする必要はなくなった。
「でも、あの温かかったのは布団だったんだね。あと、あれは―――――白銀さんの太ももかな?」
「っ……どうしてそれを?」
「あの温もりは人肌じゃないと作れないよ。それにすごく柔らかかったからね」
「ふ、太らないように注意していたのですが……」
「僕は白銀さんくらいの方が好きだよ。抱きしめ心地が良さそうだもん」
「す、好き……?抱き……っ?!」
顔が熱くなるのを感じて、麗子は首を横に振る。そして『彼のペースに流されてはいけない』と心の中で何度も唱えた。
恋愛無関心なのだから、きっとその言葉に自分が想像したような意味は込められていない。ただただ、思ったことをそのまま口にしているだけ、そんなものに振り回されてはいけない。
麗子は気合を入れ直すと、真顔を作って瑛斗へと歩み寄る。ベッドに腰掛けていた彼は、彼女の接近に驚いたりはしなかったものの、息の吹かかるほどの距離まで来るとさすがに後退りをした。
「それなら、抱きしめてみますか?」
授業が終わるまであまり時間はない。それまでにある程度攻めないといけなかった。それならばと麗子は、ようやく心の懐柔から体の懐柔へと目的を変更したのだ。
下着姿でこの距離、照れない男の子なんて居ない。だから、いくら瑛斗さんでも誘惑に負けて私を抱きしめる。
彼女はそう確信していた。そして、その予想は確かに現実になった。
「ん、白銀さん」
「っ……瑛斗さん、遠慮しないでくださいね」
思ったよりも早かった。それは自分の魅力のおかげか、それともこの男が案外チョロいタイプだったのかは分からない。
けれどこの瞬間、麗子が勝利の2文字を心の中で呟いたことは間違いなかった。そして――――。
「遠慮しているのは白銀さんでしょ?」
「どういう意味ですか?」
――――次の一言で、その自信が崩れ去ったことも、また間違いない。
「そんな格好だと寒いでしょ?」
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