第59話
「
「―――――――――え?」
彼女は首を傾げると、僕の指さした方の肩へ視線を移した。直後、その顔から血の気が引いていく。
「え、
「うん、ミミズだね。転んだ時に着いてきてたのかな?」
「『ミミズだね』じゃありませんよ!ど、どうしてそんな平然としていられるんですか?!」
「だってミミズだもん」
「し、知らないんですか?! ミミズは噛むとすごく痛いらしいですよ?!」
「ミミズに歯はないから噛めないよ」
「そ、そうなんですか……?」
この様子だと、白銀さんはミミズが苦手らしい。それも噛まれると思い込んで。きっと、ミミズに似た蛇にでも噛まれて、その痛かった思い出と勘違いだけをこれまで引きずってきたんだろう。
「噛まれないなら……って、それでもやっぱり無理です!気持ち悪いですよっ!」
「あんまり暴れるとミミズが怖がるよ」
「私の心配をしてもらえません?!」
「そんなに暴れると腰を痛めるよ」
「そういう心配じゃありませんよ!ていうか、そんな歳でもないですから!」
白銀さんはまさにてんやわんや状態。ミミズをどうにかする方法はないかと保健室の中を探し回るけれど、使えそうなもの、使ってよさそうなものが見つからないらしい。
「そんなに怖いの?」
「ず、図鑑で見る分には平気ですけど、実物は無理です……ひぃ……」
ミミズが制服の上を動き始めると、白銀さんはメデューサに睨まれたように固まった。よく見れば、指先が微かに震えている。どうやら相当怖いらしい。
この怯えようなら、僕が小さい時に首なし地蔵からピーマンを食べるように言われる夢を見た時と同じくらいの怖さだろう。
この場にいて見て見ぬふりというのも気が引けるし、そろそろ助けてあげようかな。
「白銀さん、僕が取ってあげるよ」
「あ、ありがとうございます……」
「じっとしてて、動いたら噛むよ」
「み、ミミズは噛まないのでは……?」
「違う、僕が噛むってこと」
「どうして?!」
よし、捕まえた。と思った矢先、白銀さんが勢いよく振り返って僕の手にぶつかってきた。その拍子にミミズは手から離れ、白銀さんの服の中へと滑り込んでいく。
「あっ」
「と、取れましたか?動かなかったから取れましたよね?取れたに決まっていますよね?!」
「――――――」
「どうして黙っているんですか?!」
「えっと、服からは取れたよ」
「その意味深な言い方は……ま、まさか?!」
僕が「そのまさかかもしれない」とゆっくり頷いて見せると、彼女の顔はさらに青白くなった。多分、墓場で見かけたら思わずバスターズしちゃうレベルだね。
「な、なんてことを……は、早く責任とって下さい!」
「責任?どうやって?」
「ミミズを見つけ出すんですよっ!そんなことも分からないんですか、バカ!」
白銀さんはそう言いながら、制服のボタンを上から順番に外していく。そして真ん中ほどまで開けると、ガバッと肩から背中中央にかけてめくり、グイグイと詰め寄ってきた。
「は、早く探してください!」
「白銀さん、その格好はよくないと思うよ。見つかったら怒られ――――――――――」
「いいから探せっ!」
「分かったよ。でも、後から請求書なんて送ってこないでよ?」
「お、送りませんから……早く……探して……お願いします……」
怒ったと思ったら今度は泣き始めた。白銀さんって意外と感情の起伏が激しい人なんだね。
僕は女の子を泣かせて飯が進むような趣味も持ち合わせていないから、こんな姿を見ると少しだけ心が痛い。
僕は大人しく言う通りにしようと、彼女の背中側へ回った。
「どの辺だろう」
「ぜ、全身を這っているような気がします……」
「ヒントになってないよ」
白銀さんの感覚は当てにならないらしい。こうなったら自力で探すしかないね。
僕は「少しだけ我慢して」と耳元で囁いてから、探すのに邪魔な残りの服を引っ張って脱がした。彼女は「え、瑛斗さん?!」と驚いた声を上げるけれど、僕は気にせず制服を足元へと落とす。
「ご、強引すぎませんか?」
「元々自分から脱ぎ出したんでしょ?」
「それはそうですけど……そもそも、瑛斗さんは今の私を見て何も思わないんですか?」
「えっと、もしかして髪の毛切った?」
「そういう話じゃありません!でも、昨日前髪を2ミリ短くしました気付いて貰えて嬉しいです!」
半分正解で半分不正解的な感じらしい。他に思うことと言えば、ちょっと寒そうとかくらいだからなぁ。
けれど、白銀さんの色白の肌の上にいるミミズは、案外簡単に見つけられた。白の上に黒っぽいものがあると目立つからね。
僕はそれをつまむと、窓から外に出してあげる。
「もう白銀さんに迷惑かけちゃダメだよ」
当たり前だけれど、ミミズは何も言わずに土のある方へと帰っていった。今思えば、迷惑かけたのは白銀さんの方だよね。ミミズの住処の上で転んだんだから。
「白銀さん、取れたよ」
「ほ、本当ですか?」
「うん、ミミズくんは元気に自然界へ帰っていった」
「それなら良かったです」
彼女は文字通り胸を撫で下ろすと、思い出したように胸元を両腕で隠した。そしてジト目で僕を見つめてくる。
「目隠し、つけてください」
「もう見ちゃってるよ?」
「それでもつけてください!」
「仕方ないなぁ」
今更意味があるのかは分からないけれど、僕は渋々首にかかっていた目隠しで視界を覆った。白銀さんは満足してくれたようで、楽しそうにクスクスと笑う声が聞こえてくる。
けれど、それはすぐに止まった。どうやら彼女も僕と同時に気がついたらしい。廊下から聞こえてくる足音に。
きっと、この状況を見られるのはまずいと思ったのだろう。何かを言うよりも早く、白銀さんは僕を引っ張って動き始めていた。
数秒後、僕は軋む音と共に温かい何かに包まれる。近くに白銀さんの気配はするものの、目隠しのせいでここがどこなのかは分からない。けれど。
「あら、誰かいるの?」
「すみません、先生。制服が汚れてしまって、代わりのものを借りに来ました」
「あらま、すぐに持ってくるから少し待っていてね」
戻ってきた保健室の先生に、自分の存在がバレなかったということはわかった。
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