第58話

『見なければ問題ないですからっ!』


 そう言われて「なるほど」と頷いた。

 机の上には、視界を覆うのに丁度よさそうな細長い布が置いてある。僕はそれを手に取ると、白銀しろかねさんに差し出した。


「なかなか使い勝手の良さそうな……あれ、これ本物の目隠しですか?」

「分からないけど、それが入っていたであろう袋はゴミ箱に入ってるよ。あと、おもちゃの手錠もあるけど」

「ほ、本格的ですね……」


 保健室には無さそうなものがいくつか置いてあるけれど、袋に書いてあるSMというのはなんだろう。

 文字のフォントと雰囲気的にSMとかかな?どうやらこの目隠しを作ったのはウィッシュの人らしい。


「ほら、早くつけてよ。先生が戻ってくるまでに拭いておいた方が効率がいいからね」

「そうですね、早めに体を……あ、目隠しって本当に何も見えないんですね!…………って、どうして私が着けてるんですか?!」


 白銀さんは目隠しを外すと、思いっきり床に投げつける。僕が「いきなりノリツッコミなんてしてどうしたの?」と聞くと、彼女は真っ赤な顔をしながら「瑛斗えいとさんが振ったんですよ!責任取って下さい!」と詰め寄ってきた。

 僕はそんなことをしてと頼んだ覚えはないし、そもそもどうして一度着けたものを外したのかすら分からない。

 彼女は確かに『見なければ問題ない』と言った。だから、白銀さんが僕を見なければ意識せずに済むと思って目隠しを渡したんだけどなぁ。

 僕のそんな考えを察したのか、白銀さんは「あ、そういう事ですか?」と首を傾げる。


「私が言ったのは、瑛斗さんが見なければ問題無いという意味です。私が瑛斗さんを見なくても、余計に羞恥心が増すだけですからね」

「あ、そういうことだったんだ。勘違いしてたよ」

「そんなに私の着替えが見たかったんですか?瑛斗さんがどうしてもって言うなら、考えなくもないですよ?」

「いや、遠慮しとくよ」

「そ、即答ですか……」


 考えるということは、本心は嫌だけど仕方なくするってことだもん。これ以上、白銀さんに迷惑はかけたくない気持ちがあるから、どうしてもなんて言えないよ。まあ、そもそも見たいわけじゃないけど。


「ところで、どうして目隠しをすると羞恥心が増すの?さっきは流したけど、よく考えたら意味わかんないや」

「えっ、あ、いや……目隠しってそういうものだと……」

「目隠しは目を覆うものでしょ?恥ずかしくなるためのものじゃないと思うけど」

「それは、その、えっと……」


 僕の質問に何故かおろおろとし始める白銀さん。彼女は、「言葉の綾と言いますか……」だったり、「瑛斗さんの聞き間違いでは……」だったりと色々な言葉を並べ、最後には「聞かなかったことにしてください!」と頼み込んできた。

 どうしても真相を知られたくないらしい。僕もどうしても知りたいわけじゃないからと、お願い通り忘れてあげることにした。


「帰ったら奈々ななに聞こうかな。目隠しの恥ずかしくなる使い方」

「そ、それだけはやめてください!」

「どうして?もしかしてだけど、SM催眠が関係してる?」

「っ……」


 この反応を見るに、図星らしい。白銀さんの中での目隠しというのは、催眠術にかけられて鶏の真似でもさせられてしまうイメージが強いものなのだろう。

 確かに人前でコケコッコーなんて叫ぶのはかなり恥ずかしい。僕なら寝込んじゃうね、夜10時頃から8時間ほど。


「と、とにかく!目隠しをするのは瑛斗さんですよ!」

「そこまで言うなら仕方ないね、僕が着けてあげるよ。白銀さんは手錠担当ね」

「どうしてそうなるんですか?!」

「僕だけなんて不公平だもん」

「た、確かに……って、そんなことないですよ!そもそも手錠つけてたら体拭けないじゃないですか」


 白銀さんの言葉に、僕は一理あるなと頷いた。一人で手錠を外して何かをするなんてマジックでしか見ないし、先生が帰ってくるまでに終わらせようと言っている現状で、そんなことをしている時間はないだろう。


「なら、手錠と目隠しを交換しよっか」

「それだと私が目隠しで瑛斗さんが手錠。ある意味安全ではありますけど……」


 白銀さんは「別の意味で危ないですよ」とため息をついた。どうやら僕の案は気に入らなかったらしい。

 残念だけれど、時間を急ぐ都合上、手錠は無しで僕だけが目隠しをつけて待っていることになった。不公平だという意見に関しては、りんごジュースで手を打って欲しいとのこと。

 僕が「2本なら考えようかな」と言うと、「おまけして3本にしておきますね」と言ってくれた。白銀さんは太っ腹だなぁ。


「絶対に見ないでくださいね?」

「それはフリ?」

「ち、違いますから!とにかく、私がいいと言うまでは目隠しを外さないでくださいよ?」

「言えば言うほどフリに聞こえてくるから不思議だよね」

「お願いですから、言うことを聞いてください……」


 目隠しを着け、真っ暗な視界の中で聞こえてくる白銀さんの声色が変わり始めた辺りで、僕はようやく頷いた。

 声が微かに震えているあたり、本当にフリではないらしい。そうと分かれば、僕に出来ることはここで大人しく座っているだけだ。

 白銀さんの着替えが終わるまで、この目隠しの向こう側を見たりなんてしない。僕はそう口約束をして椅子の背もたれに体を預けた。



 けれど、そういう時に限って何かが起こるもの。

 僕は鼻に痒みを感じた直後、思いっきりくしゃみをしてしまった。手錠じゃなかったおかげで口を抑えることは出来たものの、たらんと鼻水が出てきてしまう。

 ティッシュを探し、鼻をかんで丸めたそれをゴミ箱に捨てる。少し遠くにあったのに上手く入ったと少し嬉しくなったのと同時に、僕は白銀さんの視線に気がついた。


「思いっきり外してるじゃないですか!」


 くしゃみの勢いで目隠しが首までずり落ちてしまったらしい。慌てて着け直したけれど、結局すごく怒られてしまった。わざとじゃないのになぁ。


「あれ、白銀さん肩に何かついてるよ?」

「―――――――――え?」

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