第55話

 よしっ!なんとか遊びに行く約束を取りつけることが出来ました!


 瑛斗えいとさんよりも先に教室へ戻った私は、席に着くなり小さくガッツポーズをした。


「…………」

「っ……何か御用ですか?」

「い、いえ!なんでもないです!」


 近くにいた女の子に見られ、少し恥ずかしくなったけれど、とりあえず笑顔の力で追い払う。笑いかけるだけでそっぽを向いてくれるのだから、楽なことこの上ないですね。

 ……それにしても、『本当の友達が居ない』と話していたことが、ここに来て役に立つとは思いませんでした。

 なんだか寂しい女みたいになってしまったけれど、瑛斗さんの方から誘ってくれたし、当初の予定よりも良い状況で事が進んでいるから良しとしましょう。


「授業始めるぞ〜」


 1時間目の担当教師が教室に入ってきて、クラスメイトたちはそれぞれの席へと戻っていく。そんな中、机に突っ伏していた状態から体を起こした少女の背中に視線が向いた。

 東條とうじょう 紅葉くれは、ライバル……ではなく、ただの敵。私にとってそれ以上でもそれ以下でもない。

 呑気にあくびをしている顔を見ていると、少しばかりイラッとする。私はこんなにも計画を立ててゲームに挑んでいるのに、あの女は何をしているのだろうか。

 ……いや、むしろなにかしているから呑気なのでは?瑛斗さんは連休中に『お出かけした』と言っていた。彼の友達なんて東條さん以外に思い当たらないし、その相手は彼女で間違いないわけで。

 まさか、たった数日で関係が発展した……なんてことは有り得ないし、もしそうだとしたら瑛斗さんが私を遊びに誘うことは不貞行為にあたりますからね。

 そもそも、彼に彼女が出来たとすれば、学園長からゲーム終了の知らせが来るだろうし、その上で罰が下るはずです。

 つまり、遊びに行ったは行ったが、特に関係性が変わることなく帰ってきたということになる。

 さすがはぼっちの東條さん、それだけ有利な状況を作っておきながら、ヘタレを発揮してチャンスを逃してしまうのですから。


 私は心の中でほくそ笑みながら、『けれど、私は違う』と頷く。


 私は明日の放課後だけで、関係を大きく進展させて見せます。まずは心を崩しにかかり、それが無理なら体を狙う。

 勝ち誇るためなら……いえ、無様に敗北しないためには、私は命以外の全てを捨てる覚悟ですから。

 恋は本気でするもの。なら、その真似事だって本気でやらなきゃボロが出る。

 もちろん、好きにさせた責任は墓場まで持って行くつもりだから、瑛斗さんに迷惑はかけませんよ。私の敵はあくまで東條さんだけ。瑛斗さんはむしろ仲良くしたい部類の人だし、正直、敵に回したくはないですからね。

 負けた暁には彼の前から去らなくてはならないだろうけど、初心でチビでノロマな東條さんのペースならその可能性もないでしょうね。

 あっさりとSS級の称号をかっさらって、『友達は必要でした』と土下座させてあげますから!


「あれ、狭間はざまがいないぞ?誰か知ってるか?」


 東條さんの前でドヤ顔する自分を想像しながら、前借りした優越感に浸っていると、教師の言葉に教室がざわつきはじめた。

 そう言えば、さっき階段で話したはずなのに、瑛斗さんが戻ってきていない。

 トイレにこもっているのか、それとも体調が悪くなって保健室に行ったのか……。何にせよ、「誰か、見てきてくれないか?」という教師の一言で、それは私にとってチャンスになった。


「わ、私が――――――――――」

「私が行きます!」

「……東條と白銀か。後ろの席で出やすいだろうから、白銀に行ってもらおうかな」


 勝った……!もはや勝利の確信、頭の中でファンファーレが吹き荒れる。

 手を挙げた東條さんに対して、しっかりと声で主張し、席の位置という運の面でも勝った。もしも神がいるのなら、風は私の背中を押しているに違いない。


「もし見つからなかったら、職員室に知らせてくれ」

「いえ、見つかるまで探しますよ。彼は私の大切な友人ですから!」

「白銀は友達想いだな。わかった、この時間はちゃんと出席したことにしておくから、何とか見つけ出して来てくれ」

「ありがとうございます!先生は心が広いですね♪」

「そ、そうか?教師として当然の―――――――」


 ……この教師、チョロい。私は心の中でため息をつきながら、視線だけを教室の中央に向けた。

 そこでは、東條さんが恨めしそうに私を睨んでいて、思わず気持ちが昂ってしまう。その表情が、私に負けた時のその表情が堪らない。

 自分でも性格が悪いと思うけれど、人の不幸は蜜の味とよく言うし、その相手が自分の嫌いな人物で、尚且つ不幸が自分によって合法的に引き起こされたのなら、蜜どころか角砂糖をそのまま口に放り込む程に甘い。


「その顔、東條さんも心配なんですね。安心してください、私が責任をもって見つけてきますから……ね?」

「っ……さっさと行きなさいよ」

「ふふっ、そうですね。行ってきます♪」


 口パクで『指を咥えて待っていてください』と伝えると、意外と向けられた本人には伝わったらしく、悔しそうな顔をして机に突っ伏してしまった。

 その姿を目の奥に焼き付けてから、私は教室を出る。もちろん、目的は瑛斗さんを探すことだけじゃない。重要なのはその先になる。


「時間はたっぷりありますからね」


 授業中、普通なら居てはいけないはずの場所と時間に男女で二人っきり。そんなシチュエーションを好機と呼ばずになんと呼ぶのか。


「明日への余興として、今から種を撒いておくのも悪くないですから」


 そう独り言を呟いて、誰もいない廊下を歩き始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る