第50話

 私達は串カツ屋さんを出ると、あてもなく歩き出した。どちらか片方が行きたい場所、寄りたい店を見つければ入ろうという考えのもとだ。

 ただ、私はそうしているうちに気がついてしまった。周囲の人々が私達に向ける視線の多さに。

 羨むような目、妬むような目、愛でるような目、細かく分ければ色々あるけれど、どれもこれも私と瑛斗えいととの関係が深いものだと信じて疑っていない。

 中には「あんな可愛い子の彼氏なのに、地味じゃない?」みたいなことを囁く人もいたけれど、私は聞こえないふりをして通り過ぎた。

 褒められるのは嫌じゃない。囁かれること自体も、色んな意味で慣れたからもういい。けれど、瑛斗のことを何も知らないくせに悪く言われるのは気分が悪かった。

 理由なんて分からない。あえてつけるとするなら、彼が私の唯一の友達で、お姉ちゃんに続く理解者だからだろうか。

 腹立たしい気持ちを腹の奥に押し込んで、人の少なめなエリアまでやってくると、カバンから連続した振動が伝わってきた。

 見てみると、学園デバイスに着信が来ていた。相手が奈々ななちゃんだと分かると、私は瑛斗に「少し待っててもらえる?」と断ってから電話に出る。


「いきなりどうしたのよ」

『ここから紅葉くれは先輩に直接アドバイスしてあげようと思いまして♪』

「アドバイス?メッセージの分じゃ足りなかったってこと?」

『そうですそうです♪先輩とお兄ちゃんの状況に合わせて、作戦は変える必要もありますからね』


 瑛斗には聞かれないよう小声でやり取りをしていた私は、ふと顔を上げると、柱の影に隠れているの奈々ちゃんと目が合った。来ていたのね、あの子。

 彼女はこちらに向かって親指を立ててみせると、自分の右耳を指差しながら言う。


『ワイヤレスイヤホン、持ってますか?リアルタイムで伝えるので、お兄ちゃんに見えない側にだけ付けてください』

「ええ、わかったわ」


 私は彼女を疑うことも無く、そっと取り出したイヤホンを右耳に装着する。すると、スピーカーから聞こえていた声が耳のすぐ近くへと移動した。

 私がデバイスを通話中のままポケットに入れると、奈々ちゃんは柱の裏へ完全に身を隠す。それを確認してから、瑛斗に「待たせてごめんなさいね」と声をかけた。


「大丈夫だよ。歩こっか」

「ええ――――――――――」


 首を縦に振ろうとすると、奈々ちゃんの『ストップ!』という声が頭に響いてくる。


『紅葉先輩、そこらで女の子をアピールしてください!』

「女の子をアピール?どういうこと?」

『歩く時のアピールと言えばひとつしかないですよ!腕に抱きつくんです!』

「はぁ?!」


 思わず大声を漏らしてしまった。瑛斗が「ネズミでも踏んだ?」と聞いてくるから、「もしそうなら、これじゃ済んでないわよ」と返しておく。


『大丈夫ですよ♪紅葉先輩ならお兄ちゃんは受け入れてくれますから』

「ど、どこからそんな確証が……そもそも、私はそんな軽い女じゃないわよ?!」

『体重は軽そうですけどね』

「誰がチビよ!そんなことはいいから、別の案はないわけ?!」

『ありません』


 即答されてしまった……。『やらないと、お兄ちゃんに勝負のことバラしますよ?』なんて脅してくるから、私も諦めてため息を零す。

 そして、震える指先を瑛斗の腕に伸ばし、思い切って引き寄せた。力任せだったせいで、彼の体がこちらに傾いてくるけれど、なんとか踏ん張って耐えてくれたらしい。


「いきなりどうしたの?」

「あ、いや、その……」


 瑛斗の方がずっと背が高いから、頭の上から降ってくるような視線に耐えるのが精一杯で顔を上げられない。

 それに気が付いたのか、奈々ちゃんが言うべきセリフを誘導してくれた。


『食べすぎちゃったみたい、捕まらせてって言うんですよ!』

「た、食べすぎちゃっ……誰が暴飲暴食ロリデブよ!」

「紅葉、大丈夫?」

「……はっ!だ、大丈夫大丈夫!ちょっと寝てたわ」

「食べたら眠くなるもんね、ベンチで少し休む?」

「そうね、そうさせてもらおうかしら」


 私は瑛斗に連れられて、近くのベンチへと腰掛ける。図らずとも柱を挟んで反対側には奈々ちゃんがいる位置だった。

 瑛斗も私の隣に座ると、息を漏らしながら背もたれに体重を預ける。私も同じようにしてみると、全身から疲れが溶け出ていくような感覚がした。


「久しぶりにこんなに歩いたよ」

「私も。さすがに疲れちゃったわね」

「うん。ところで、いつまで僕の腕を掴んでるの?」

「ふぇっ?!ご、ごめんなさい!つい……」

「つい、どうしたの?」

「それは……」


 右耳からは、『甘えて甘えて!』という野次が聞こえてくる。もはやアドバイスですらない。

 けれど、私の口からは意外とすんなり言葉が出てきた。それが急かされたからなのか、それとも私に彼を落とす覚悟が生まれたからなのか、はたまた本心だったからなのかは分からない。

 けれど、伝えた後に感じた照れのような熱さは、決して居心地の悪いものではなかった。


「こうしてると、安心するから……」


 瑛斗はその言葉に「そっか」とだけ答えると、腕を掴む私の手をポンポンと優しく撫でてから、視線を目の前の本屋に戻す。

 今のはきっと、『そのままでいいよ』という意味なのだろう。


『ほら、受け入れてくれましたよ?』

「……ええ、そうね」


 私は、気を抜けば緩んでしまいそうな頬を抑えるのが限界で、この先を考える余裕なんてどこにもなかった。


『このまま畳み掛けるように、ハグしちゃいましょうよ!』

「で、出来るわけないでしょ?!」


 腕だけでこんな気持ちにさせられているのよ?抱きついたりなんてしたら、意識が飛んでしまうかもしれない。

 ただでさえ異性に耐性がないんだから、あまり無理はさせないて欲しいわね。


 ……自分でも、今感じている『幸せ』という感情に戸惑っているところなんだから。

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