第49話
ゲームセンターがあったのと同じ建物にある、自分で色々な具材を揚げることの出来るお店にて。
おかしいおかしいおかしい……こんなの間違ってる!
兄を見送る健気な妹のふりをして、こっそりと跡をつけていた私は、少し離れた場所にある席で仲良さそう……というより、仲悪くなさそうな雰囲気で串カツを食べる2人を恨めしそうな目で睨んでいた。
自分の愛する兄と、仲のいい紅葉先輩とが遊びに行くように仕向けたのは紛れもなく自分だ。お兄ちゃんと紅葉先輩との関係を進展させられるように応援する、そう言って先輩の警戒を解いたのが第一段階だった。
しかし、もちろんそれは建前。本当の目的はあくまで紅葉先輩という邪魔者の排除。お兄ちゃんと2人きりの幸せを掴むためには、絶対に無視することの出来ない壁だから。
そうは言っても、自分から手を下してしまった場合、お兄ちゃんに気付かれれば余計に紅葉先輩へ同情させてしまうかもしれない。それどころか、妹としての立場すら失いかねないと思った。
だからこそ、姑息ではあるけれど『アドバイス』という形で密かに彼女を誘導し、お兄ちゃんの方から嫌いになってもらえるように仕向ける作戦を考えたのだけれど―――――――。
「お兄ちゃんはあれくらいじゃ動じないか……」
「お待たせしました、バナナパフェです」
「ありがとうございます」
私の独り言に対して、一瞬だけ怪訝な表情を見せた店員さんが背中を向けて立ち去ったのを確認して、浅めのため息をついた。
お兄ちゃんに耳栓を渡し、無視されていると勘違いした紅葉先輩が怒り始めるように仕組んだのは私。
『エアホッケーとかをやったらどうですか?』と誘導をかけ、
ゾンビゲームに向かうように予定を立てておいたのも私。
今日の紅葉先輩の動きは、全て私の予定通りに進んでいた。ただ同時に、私はその全てで致命的なミスを犯してしまっていたのだ。
まず、お兄ちゃんに渡した耳栓が周囲の物音を塞ぐことには適していたものの、近くの声などは塞ぎきれなかったということ。
それから、エアホッケーで身長差のある不利な勝負に熱くなってしまう紅葉先輩の様子をお兄ちゃんに見せることで、マイナスな印象を与える作戦も、彼女のあまりにも下手すぎるプレイのせいで台無しになってしまった。
そしてゾンビゲーム。あそこでは事前に『か弱い女の子を演じれば、男は簡単に落ちる』と吹き込んであった。
彼女はその通りに震え、弱く頼りない部分を見せ、本来ならわざとらしく甘えてくるその姿に、お兄ちゃんは幻滅する予定だったのだ。
しかし、私が言うのもなんだけれど、紅葉先輩のゾンビを怖がる姿は……正直可愛すぎた。
まるで演技ではなく、本当に怖がっているかのように見えて、私でさえ庇護欲がほんの少し燻ってしまったほどだ。
そして、なんと言っても最後のバスケゲーム。あれをプレイする様子を見ていた私は、すぐにでも飛び出して間に割り込みたい気持ちを抑えるので精一杯だった。
「お兄ちゃん、紅葉先輩にくっつきすぎ……」
あの時、本当に後ろから抱きしめたのかと思って変な汗をかいてしまった。いや、手を握られていたこと自体も死ぬほど羨ましかったけど。
私ですら、お兄ちゃんからなんて滅多にないのに……。
お兄ちゃんからすれば、あれは指導の一環であって、やましい気持ちなんて微塵もないだろうし、紅葉先輩からしても落とせる可能性が見えてきたという兆しでしかなかったかもしれない。
「それにしても羨ましい……!」
力がこもってしまって、握っていた細長いスプーンがパフェに乗っているバナナを突き刺した。
わかってる、お兄ちゃんは別に紅葉先輩のことが好きだからあんなことをしたわけじゃないことくらい。
けれど、ずっと近くで見てきた私だからこそ、お兄ちゃんは嫌いな相手にあんなことをしないことを知っていた。
お兄ちゃんは自分に対して悪意を持っている人物を受け付けない。真っ先に気がついて、揉め事の起こらないようにそれとなく距離を置く。そんなタイプだ。
それなのに、お兄ちゃんはあろうことか自分から物理的な距離を詰めに行った。…………いや、それだけじゃない。
最後の勝負、22-8でお兄ちゃんの負けになっていたけれど、私が数えた限りお兄ちゃんのシュートは軽く40本以上は入っていたのだ。
紅葉先輩は騙され丸め込まれていたみたいだけれど、第三者の視点で見ていた私にはわかる。
お兄ちゃんが使った台のスコア表示板、あそこの十の位のランプが明らかにつかなくなっていた。つまり、何十点取ったとしても目で確認できるのは一の位の数字だけだから、もう一つの台のスコアに勝てるはずがない。
あの時の調子が良くなかったのは本当みたいだけれど、お兄ちゃんはその故障を理解した上であえて場所を交代し、一切の手抜き・嘘なしで数字上敗北して見せたのだ。
そんなことをして一体なんの意味があるというのか。そう自分に問いてみれば、返ってくる答えはひとつしかなかった。
『紅葉先輩を笑わせるため』
つまるところ、お兄ちゃんは紅葉先輩にマイナスな感情を抱いておらず、むしろ友達としていい関係を築きたいと思っているらしい。
単なる友情なら問題は無いけれど、一方が落とそうと企んでいることを考えれば、いつ私の計画を崩壊に導かれるかわかったものじゃないから……。
「私のお兄ちゃんに近付いたこと、後悔させてあげますからね……ふふっ」
「あの、お客様。そろそろお時間ですが……」
「え?この店は2時間制じゃないんですか?」
「お二人様以上なら2時間ですが、おひとり様は1時間15分という決まりでして……」
「……ちっ」
思わず舌打ちが漏れた。店員さんの目が、まるでおひとり様可哀想と言っているような気がしたから。
私はモヤモヤする気持ちを募らせつつ、店員さんに導かれてレジへ向かう。そして財布を開けた瞬間、中身を見て固まった。
――――――――――――――ない。何も無い。
「おひとり様ですので、パフェ代を合わせて2800円になります」
「……ど、どうせすぐお兄ちゃんとお二人様になるんだから!そうやっておひとり様を見下していられるのも今のうちですからねっ!」
「お、お客様。一体なんの話をしているんですか?」
困惑している店員さんに、私は「こんな店二度と来るかっ!」と吐き捨てて、その場を駆け出した。
あの店員も馬鹿じゃない。「お金を払ってください!」とすぐに後を追いかけてくる。
紅葉先輩にもっと辛い要求を与え、お兄ちゃんに嫌ってもらう作戦は、とりあえずこの逃走劇が終幕してからになるだろう。
私は必死に逃げ、階段を駆け下り、エレベーターで最上階まで上がった末、お兄ちゃん達の姿を見ようと店の前に戻ってきて中を覗き込んだ瞬間、待ち構えていた店員さんに襟首を掴まれ捕らえられてしまった。
「犯人は現場に戻ってくるんですよ!ほら、ちゃんと払ってください!」
「くっ、金はない!体ならいくらでも払ってやる!好きにしろぉ!」
「…………な、何言ってるの、この子」
その後、店の奥に連れていかれそうになった私は、最終手段を使って何とか切り抜けるのだけれど、その内容はお兄ちゃんにすら絶対に教えられない。
とにかく、店員さんの視界を一時的に塞いだとでも言っておこう。
「うぅ、スカートの中がスースーするなぁ……」
一枚の布なのに、あんなにも安心感があるなんて不思議だよね。製造会社の人たちには感謝しないと。
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