第48話
「次はこれで勝負よ!」
そう言って私が指差したのは、ゲームセンターの隅の方にあったバスケのシュートゲーム。
やったことは無いけれど、私は運動神経は悪いほうじゃないし、対する
「まだやるの?僕、疲れたんだけど」
「だからこそやるのよ」
めんどくさそうに肩を落とす瑛斗に、私は胸を張ってドヤ顔を見せつけた。
疲れているのなら、体力の残っている私が勝てる確率が高くなっているはず。そこを攻めるのはずるいかもしれないけれど、そのズルさは場合によっては策士とも言うのよ!
「ほら、さっさとやるわよ!」
「仕方ないなぁ、1回だけだよ?」
それぞれ台の前に立って、100円ずつ投入する。そしてマルチプレイを選べば、勝負開始のカウントダウンが始まった。その時間、なんと90秒前。
『ポケットに物が入っていると危ないぞ!』
『上着は脱いだか?汗をかくぞ!』
『準備体操は終わったか?』
と言った感じで、音声が5秒ごとにやたら注意してくる。こいつはおかんか!と叫びたくなるレベルのお節介ね……。
「スキップできるみたいだよ」
「さっさとしちゃって、待ってられないわ」
瑛斗がボタンを数回押すと、待ち時間は大幅に短くなってとうとう3秒前。ここで一度深呼吸をしてから、数字がゼロになるのをしっかりと確認した。
『スタート!』
音声と同時に台中央の出っ張りが引っ込み、とめられていた4つのボールが流れてくる。私はその内の一つを手に取ると、綺麗なフォームを意識してシュートを放ったのだった。
3分後、勝敗は決着した。
『0-63』
――――――私の大敗という結果で。
「どうして入らないのよ!」
「僕に言われても困るよ」
「ぐぬぬ……何か細工したわね!そうに違いないわ!」
「僕はここに来てからずっと
「た、確かに……」
そうなると、私は実力で負けたということになる。瑛斗の運動神経は学園C級レベルの数値だったはず。A級レベルの私が劣るはずなんてないのに……。
「今のは調子が悪かっただけだから!もう1回やるわよ!」
「1回だけだって―――――――――」
「喋る権利なし!さっさと準備しなさいっ!」
やれやれと言いたげにため息をつく彼を横目に、私はシュートを打つ脳内シミュレーションをしてみる。
左手は添えるだけ。これを意識すれば入らないはずはないのに、私のシュートは全て枠に弾かれた。
……ていうか、どうして生意気にもゴールが動いてるのよ!人間様に歯向かうなんていい度胸じゃない、今度こそその中心を貫いてやるわ!
意気込み十分に100円を投入し、先程と同じ手順でゲーム開始。流れてきたボールを拾ってはシュートを放ち、拾っては放ちを無我夢中で繰り返した。
30秒ほど経過してふとポイントに目をやれば、表示されているのは『0』の文字のみ。10本は入った手応えがあったのに、まさか全て外れていたとは……。
瑛斗のポイントは既に30を超えている。勝ち目なんてない、そう諦めて腕を下ろそうとした瞬間。
「紅葉、おいで」
「ふぇっ?!」
横から伸びてきた腕が、私を引き寄せた。それはもちろん瑛斗の腕で、私は彼に後ろから抱きつかれるように両手を握られると、彼に操られるがままボールを拾い上げ、それをゴールに向かって投げた。
直後、スポッという心地いい音と共に、ポイントが1追加される。
「本物のバスケとは投げ方が違うんだ。少し変えるだけで、簡単に入ったでしょ?」
「え、ええ……は、入ったわ……あんなにも綺麗に、入ったのよ!」
半分以上が瑛斗の力とはいえ、自分の手でシュートを決めたという感覚が、どうしようもなく嬉しかった。
ざまあみろ、ゴールめ!ウロウロしてたって、ボールのひとつくらい放り込んでやれるんだからっ!
「初めてよ!私すごく嬉しくて――――――あれ?」
喜びから飛び跳ねたい衝動に駆られ、体に力が入るけれど、背中や手に感じる体温を思い出した途端、全身が固まった。
あ、あれ……私、今こんなにも密着して……。
状況を理解すると同時に、心臓が大きく跳ね上がった。心臓が飛び出でるくらいって表現、きっとこういう時に使うのね。
いやいや、紅葉。また勝手に勘違いするんじゃない!意識しているのはきっと私だけだ。瑛斗は単に私の手助けをしようとしてくれただけだもの。
……でも、自分のゲームを捨ててまで、私のためにしてくれたってことよね?うぅ、お礼を言いたいのに顔が熱くて振り向けないよぉ……。
「紅葉、一旦場所を変わってやってみよっか」
「……いいけど、なんの意味があるの?」
「それは終わってからのお楽しみだよ」
「は、はぁ……?」
突然の提案に疑問はあったけれど、私は言われた通り瑛斗の使っていた台に100円を入れる。そして変わらない手順でゲームがスタートし、脇目も振らず一心不乱に投げ続けたものの敗北―――――――――――――したと思った。
しかし、スコアを見てみると『22-8』で私の勝ちになっている。信じられない、あれほど差があったと言うのに、まさか私が勝ったというの?
「あなた、手を抜いたでしょ!」
「そんなことないよ。本気でやったけど、こっちの台は得意じゃないみたい。紅葉もきっとそうだったんだね」
「……ということは、私は実力で勝ったの?」
「そういうことだよ」
彼が頷くと同時に、ようやく勝利した実感が湧いてきた。私が下手だったのは単に台が悪かっただけで、それを変えてしまえば余裕で勝てるのだ。
「やったわ!…………い、いえ、こんなの当然よ。私とあなたとではレベルが違うもの」
「紅葉はすごいね。羨ましいよ」
「ふふっ、勝者のことをもっと褒めてくれてもいいのよ?」
「あまり調子に乗らないでね」
「……ご、ごめんなさい」
急に真面目なトーンで言われると、さすがに背筋が伸びてしまう。実は瑛斗って、怒らせると怖いタイプだったりするのかしら……。
でも、リベンジも達成出来たし、私は大満足よ♪
「そろそろお腹空いてきたわね。お昼にしない?」
「いいね、ボーロでも買ってこようか?」
「誰が幼女よ!」
「冗談だよ。いいお店があるらしいから、そこにしよっか」
「あら、珍しく積極的ね。ようやく私の魅力に気がついたの?」
「紅葉、調子に乗らないで、ね?」
「…………はい」
瑛斗の真顔が少し怖かったけれど、こういうのも悪くないなと心のどこかで思ってしまう私であった。
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