第46話

「ねえ、あのぬいぐるみ可愛いわよね!」

「…………」


 と、無邪気を演じてみたものの、平然と無視されたり。


「私のカートさばき、そこで見ていなさい!――――――――――――ちょっとぉ?!CPUのくせに1位取ってんじゃないわよ!」

「…………」


 と、盛大にボコられてもスルーされたり。

 騒音のせいで聞こえていないのかと思って試しに「バーカバーカ!」と言ってみても、顔色一つ変えなかった。ゲームセンターに来てからずっとこの調子だから、さすがの私も心が参ってきている。

 奈々ななちゃんのアドバイス通りにやってるだけなのに、どうしてこうも上手くいかないんだろうか。

 もしかして私、嫌われてる?そんな考えが頭を過って、不安の色がじわりと全体に広がっていくのを感じた。

 ぎゅっとスカートを掴んで堪えていた私も、エアホッケーの台の横を歩いていた時、ついに我慢の限界を迎えて声を上げてしまう。


瑛斗えいと!どういうつもりよ!」

「…………」

「無視するなっ!」


 ガッと瑛斗の服を掴んで思いっきり揺らす。ようやく私の声に気が付いたのか、彼は驚いたような声を漏らして私を見つめた。

 同時に両耳から何かがポロッと落ちる。拾い上げてみるとそれは―――――――――。


「耳栓?!」

「言ったでしょ?僕は騒がしいところが苦手なんだって。耳栓が無いと頭が痛くなるんだよ」

「そ、それはごめんなさい……」


 拾って差し出した耳栓を、瑛斗はフッと息を吹きかけてから耳に付け直す。

 無理矢理連れてきたことを怒ってるから無視してるのかと思ったけど、単に耳栓で聞こえなかっただけだったのね。


「よかったぁ」

「ん?何が良かったの?」

「いえ、何でも……って、聞こえてるじゃない!」

紅葉くれはの声はずっと聞こえてたよ?」


 その言葉に、聞こえてたなら返事をしなさいと文句言おうとして、私は思わず口をつぐんだ。そう言えば、調子に乗って「バーカバーカ!」と言ってしまったんだった……。


「お、怒ってる?」

「怒ってないよ」

「ほんとに?今なら何でもしてあげるわよ?」

「じゃあ、怒ってることにするからりんごジュース買ってきて」

「……あなたがある意味正直者でよかったわ」


 とりあえず、実は怒ってるなんてことも無さそうだし、気を取り直して作戦に戻れるわね。

 今日の目標は、奈々ちゃんから貰ったアドバイス通りに実行して、瑛斗との距離を縮めること。

 実は昨日の夜、学園デバイスのメッセージにあの子から連絡が来ていたのよ。内容は今日のデートを用意するから、私は楽しんでくればいいというもの。

 誘い方や行く場所、距離の詰め方なんてのも書いてくれていたから、初デートの私でも何とかなりそうな気はしてる。

 奈々ちゃんってば、悪い子かと思ってたけど案外良い子なのかもしれないわね。結局、白銀しろかね 麗子れいことも手を組んでいないみたいだったし。

 あの子の目的が何なのかは分からないけれど、用意していた朝のやり取りでも瑛斗を騙せたっぽいから……。

 少なくとも、私より恋愛経験豊富な奈々ちゃんに従えば、少しは進展させられるかもしれない。彼女が変な動きをするまでは、言われるがままも悪くないわね。

 でも、『密着する』だとか『酔ったフリをしてキスを迫る』なんて課題はこなせそうにない。そもそも、まだ高校生だから飲酒は出来ないもの。

 まあ、キスを迫るだけでも不可能に近いのだけれど……。


「瑛斗、せっかく来たんだから楽しまない?」

「僕は紅葉が楽しそうにしてくれてたら、それだけで楽しいよ」

「私は2人で楽しむために来たのよ」


 少し照れるけれど、上目遣いで瑛斗を見上げてみる。お願いをする時は、これをやると効果的だとも教えて貰っていたから。


「私達、友達でしょ?」

「――――――わかった、そこまで言うなら僕も楽しめるように頑張るよ」

「ふふっ、ありがと♪じゃあ、まずはこのエアホッケーで勝負よ!」


 この兄をよく理解した妹のアドバイスなだけあって、案外簡単に溶けてくれたわね。この調子なら瑛斗攻略もそう遠くないんじゃないかしら。


「紅葉、台まで届く?」

「そこまで小さくないわよ!こんな高さ余裕で……踏み台を使えば余裕だから!」

「台はないみたいだけど。僕が抱っこしてあげよっか?」

「い、いらないわよ!ていうか、それなら誰が相手になるのよ!」

「紅葉、最強の対戦相手はいつだって自分の心が作り出す幻影なんだよ」

「やかましいわ!」


 私はドンドンと足を踏み鳴らすと、感情の赴くまま勝手に200円を投入し、マレットを構えて流れ出てきたパックを思いっきり打った。

 まだ準備のできていない瑛斗は、ゴールを守ることができるはずもなく、ただただ奈落に吸い込まれていく赤い円盤を眺めていることしか出来ない。

 ――――――なんてことはなく、パックはガラ空きのゴールから横にズレた壁に当たって跳ね返り、そのまま私の手元にある奈落へと落ちていった。


「今のはちょっと恥ずかしいね」

「う、うっさい!少し強いからって調子に乗らないでもらえる?!」

「僕はまだ何もしてないよ」


 その後、私は自殺点を重ねて敗北するのだけれど、そのシーンはご想像にお任せするわ。

 それにしても、私ってこんなにエアホッケーが苦手だったのね。……まさか、対戦相手に一度もパックに触れさせることなく負けるなんて。


「人生はエアホッケーのように、打つと止めるが大事。けれど、一番怖いのは自分のした事で帰って来る幸と不幸だ……って、今ならあの言葉の意味がわかる気がするの」

「ひとりで何言ってるの?」

「……なんでもない」


 いつか、絶対にリベンジしてやるわよ。いつかね。

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