第45話

「……ふーん、そういう格好もするのね」


 怪訝な瞳で見つめてくる紅葉くれはに、僕が「何かおかしかった?」と聞くと、彼女はぎこちなく首を横に振った。

 僕が今着ているのは、落ち着いた色のスニーカーと青みがかったジーンズ、毛糸と戯れる猫の黒いシルエットの描かれた白いTシャツと、その上からボタンを開けて羽織った水色の襟シャツだ。

 もちろん僕にスタイリストの才能はないから、奈々ななに見繕ってもらったものだけど。

 ちなみに、襟シャツは奈々のを貸してもらってたりする。いつだったか、僕も似たようなのを買った気がするんだけど、気が付いたら無くなってたんだよね。奈々が僕の体に合う大きさのを持っててよかったよ。


「服がおかしいというか、瑛斗えいと自身がおかしく見えるのよね。制服姿と違いすぎて」

「紅葉、あまり人のことを悪くいうのはどうかと思うよ」

「そ、そういう意味じゃなくて……似合いすぎってことよ」

「あ、そういうこと。なら、紅葉もすごく似合ってると思うよ」

「『なら』ってなによ、お世辞で言ってるみたいじゃない。正直に言ってくれて構わないわよ?」

「本当は、少し背伸びしてる感が否めないかな」

「誰が小学生よ!」

「そこまで言ってないんだけど。でも、可愛いとは思うよ?」

「っ……そういうことをサラッと言えるところがムカつくのよ……」


 褒め返したのになぜかそっぽを向かれてしまった。理不尽な世の中だよね、全く。まあ、これが紅葉らしさだと知ってるからなんてことないんだけど。


「紅葉、どこか行きたいところはある?」

「そういうのは男側がエスコートするものじゃない?」

「僕に出来るわけないでしょ」

「……そんなことで胸を張るんじゃないわよ」

「今は男女平等の時代だから、全部紅葉に任せようかな」

「それのどこが平等よ、鳳凰ほうおうも聞いて呆れるわ」

「実在しない生き物が呆れるわけないよ」

「そういう所だけ真面目に返さないでもらえる?」


 鳳凰より先に紅葉が呆れたようにため息をこぼした。今日は糖分が足りないと言うより、低気圧の影響でも受けてるのかな?いつもの飴じゃどうしようもないね。


「そうだ、紅葉。新しい飴いる?」

「新しい飴?どんなのよ」

「食べると気分が上がる飴かな」

「怪しすぎない?薬でも入れてないでしょうね……」

「僕を疑ってるの?」

「今の一言で余計に怪しくなったわよ」


 そう言いつつも、僕の差し出した飴を受け取って口に放り込む紅葉。低気圧はどうしようもないけれど、少しくらい元気になってくれれば嬉しいなぁ。

 少しワクワクしながら紅葉の反応を待つこと数秒、カリッという飴玉を噛み砕く音が聞こえ、紅葉の様子が変わった。

 驚いたように目を見開き、口を押えながら僕を見つめる。何か言おうとしているみたいだけれど、口を開こうとする度に『パチパチッ』という音が漏れてきて、表情を歪めながら口を閉じた。

 彼女が普通に話せるようになったのは、それから3分後のこと。


「い、今のは何よ!口の中がすごく痛かったんだけど?!」

「飴玉の中に、唾液と反応して弾けるラムネを入れたんだよ。刺激的で、気分が上がったでしょ?」

「いくらなんでも刺激的すぎるわ!舌はヒリヒリするし、歯が取れるかと思ったくらいよ?!」

「取れてもまた生えてくるから大丈夫だよ」

「誰が乳歯だらけの幼女よ!」

「サメをイメージしてたんだけどね」

「誰が肉食ですって?!」


 がるる!と八重歯を見せて威嚇してくる紅葉に「紅葉がサメなら、きっとネコザメだね」と言うと、「人を襲わないから?」と首を傾げて聞いてきた。

 けど、僕は首を横に振る。だって紅葉、僕の脇腹にチョップしてきたり蹴ってきたり、ネコザメと違って人に危害を加えるんだもん。


「ううん、どっちもトゲがあるからだよ」

「噛みちぎってやろうかしら」

「ネコザメは人を食べないよ?」

「たった今、人の味を覚えたわ」

「こわいこわい、おじさん食べられちゃおっかな」

「……馬鹿にしてると痛い目見るわよ?」


 別に馬鹿にしてる訳ではないけど、紅葉の目が本気だからこれ以上はやめといた方が良さそうだね。言葉だけじゃなく、物理的に噛み付いてこられても困るし。


「あ、行きたいところがあったのを思い出したわ」

「ダメだよ、僕の家は」

「そんなこと言ってないでしょ?!……ゲームセンターよ、ゲームセンター!」

「ええ。僕、騒がしいところ苦手だなぁ」

「私もそうよ。でも、2人なら行ける気がするの」

「紅葉寒いよ、そのセリフ」

「……やっぱり前もって噛んでおいた方がいいかしら」

「そんなに僕を噛みたいの?」

「そ、そういう意味じゃないから!……ほら、さっさと行くわよ!」

「僕はまだ行くなんて言って―――――――」

「拒否する権利なし!」


 結局、引きずるようにして無理矢理連れていかれてしまった。紅葉って見た目によらず力強いよね。いや、僕が弱すぎるのかな?

 なんとなく買ったのに椅子としてしか使っていないワン〇ーコア、今度時間がある時にでもやってみよう。

 いきなりたくさんやるのも大変だし、一日目は3回くらいでいいかな?千里の道も一歩からって言うし、積み重ねが大事だもんね。


「お腹なんて押さえてどうしたのよ」

「数ヶ月後の自分の腹筋を褒めてたんだ」

「……気持ち悪っ」


 本当に、酷い言われようだよ。

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