第44話

 朝、自室で学校に行く支度をしていると、部屋を覗いてきた奈々ななに不思議なものでも見るような目で見つめられた。

 僕の着替えなんて見ても楽しいものじゃないし、一体どうしたのかと聞いてみると、今日は祝日だから学校が休みとのこと。

 今日が金曜日で、土日と三連休になるらしい。最近カレンダーを見てなかったから、うっかりしてたよ。

 昨日、「また明日」と伝えた時、紅葉くれは白銀しろかねさんの様子が少し変だったのはそういう事だったのか。知ってたなら、メッセージで教えてくれたら良かったのになぁ。


「お兄ちゃん、三連休は何か用事あるの?」

「あるわけないでしょ」

「その通りだけど、認めちゃってるところが悲しいよ!」


 朝から高めのテンションでそうツッコミのようなものを入れてくる奈々は、僕と違ってまだパジャマ姿で、お気に入りらしいシロイルカのぬいぐるみを抱きしめるようにして持っている。

 初めて水族館に行った時にお父さんが買ってくれたやつだから、ずっと大切にしているみたい。さすがに結構古いから、若干普通のイルカの色になりかけているけど。


「予定がないなら、紅葉先輩でも誘って出かけたらどう?」

「せっかくの休みだよ?外に出たくないなぁ」

「お兄ちゃん、その発言は妹として心苦しいよ……」


 奈々はそう言って眉を八の字にした後、トコトコと部屋の中を横断して窓に歩み寄った。そしてガラッと開けてベランダに出ると、「紅葉せんぱ〜い!」と向かいの家に向かって声をかける。

 紅葉が裏に住んでること、教えたっけ?なんて思っている短い時間の間に、意外にも紅葉は部屋の中からひょこっと姿を現した。あくびをしたり目をこすったりはしているけど、何となくたった今起きたという風には見えない。

 まるで声をかけられることを待っていたような―――――――――いや、考えすぎだよね。


「何よ、こんな朝早くから」

「紅葉先輩、お兄ちゃんとお出かけする気は無いですか?」

「無いわね」

「そんなこと言って、顔に行きたいって書いてありますよ?」

「そ、そんなはずないわ。今朝顔は洗ったもの」


 あ、やっぱり起きたばっかりではなかったんだ。まあ、顔に書いてあるって言うのはそういう意味じゃないと思うけど。

 でも、確かに顔が少し赤らんでいるのを見ると、顔に書いているとも言えるかもしれない。


「じゃあ、遊びに行かないんですね?」

「……いえ、行くわ。友達として」

「ふふっ、素直になればいいんですよ♪」


 奈々は小さく笑うと、こちらを振り返って「約束は取り付けたよ?」と首を傾げる。

 そんな彼女の様子におかしな所はひとつもないけれど、僕はどことなく違和感を覚えていた。

 だって、紅葉がいつもより素直だから。あそこまで苦手意識を持っていたはずの奈々に言われて、たった2度目の誘いで頷けるものだろうか。

 単に友達同士でのお出かけに興味があっただけかもしれないけれど、第三者の視点で見ていた僕には、2人のやり取りがまるでに見えたから。


「わかった、せっかくだから行くよ」

「さすがお兄ちゃん、優しいね♪」

「休みの日に友達と遊びに行くのは、普通のことなんでしょ?優しさは関係ないと思うけど」

「家にいたい気持ちより、私の労力と紅葉先輩の楽しみを優先してくれたんだもん。優しい以外の何者でもないよ!」

「そういうものなのかなぁ」


 よく分からないけれど、奈々にそう言われて悪い気はしない。

 どうせ学校に行くために外に出ようとは思ってたわけだし、その行き先が変わるだけの話だもんね。


「じゃあ、紅葉。準備が出来たら連絡してきて。迎えに行くから」

「え、ええ、わかったわ。……って、今更だけどどうして制服を着ているのよ」

「紅葉が祝日だって教えてくれなかったから」

「人のせいにばかりしてるとろくなことないわよ?」

「紅葉が正論を投げかけてくる、酷い」

「あなたがいつも私にやってる事よね?!」


 紅葉の言葉に「記憶にございません」と返すと、「都合の悪くなった政治家か!」とつっこまれてしまった。ツッコミとしては在り来りで面白みに欠けるかなぁ。


「紅葉先輩、お兄ちゃんをいじめないでくださいよ!」

「どうして私が悪者みたいになるのよ」

「「だって悪者じゃん」」

「さすが兄妹ね、どっちもいい性格してるわ……」

「えへへ♪お兄ちゃん、先輩に褒められた!」

「偉い偉い、紅葉でも褒めることあるんだね」

「褒めてないことくらい察してもらえる?!兄妹揃って色々とズレ過ぎよ!」


 プンプンと朝から糖分の足りていない紅葉に、奈々が「そういう先輩は下着がズレてますよ?」と指を差すと、彼女は驚いたように胸に手を当てる。

 しかし、すぐに何かに気がついたように悔しそうな顔をしながら、「まだつけてないわよ!……って瑛斗の前で何言わせるの!」とベランダの壁をバシバシと叩き始めた。相当ご立腹らしい。

 これは飴もいくつか持っていかないと、一日を乗りきるのは難しそうだね。

 ストックあったかなぁ、なんて考えていると、紅葉の立てた音を聞きつけたのか、背後から彼女とは似ても似つかない大人びた女性が現れた。


「くーちゃん、誰と話してるの〜?」

「お、お姉ちゃん?!な、なんでもないから!」


 紅葉は『お姉ちゃん』と呼んだ人物を力づくで部屋の中に押し込むと、「また後で連絡するから!」と言い残して窓の向こうに入ってしまった。

 耳を澄ませば、「勝手に入らないでって……」だとか「だからデートなんかじゃないってば!」なんて声が聞こえてくる。


「紅葉もお姉ちゃんに悩まされてるんだね。親近感が湧くよ」

「……ん?どういうこと?」

「奈々のお世話はやりがいがあるってことだよ」

「よく分からないけど、嬉しい気がする!」


 むふふ♪と照れたように笑いながら、後ろ頭をかく奈々。喜ばせるために言ったわけじゃないけれど、幸せな勘違いをしているならそのままでもいいかな。

 それよりとりあえず、紅葉と出かけるための準備をしないとだよね。制服じゃダメだもんなぁ。

 あれ、服なんて他にあったっけ?

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