第42話
「カレー、美味しい?」
「うん、すごく美味しいよ。奈々はいいお嫁さんになるね」
「そんな私の旦那さんはお兄ちゃんなんだよ?きゃっ♪」
「あまりお母さんとお父さんを困らせないようにしてよ?娘がお兄ちゃんのことを好きだなんて知られたら、二人暮しもダメになるかもしれないし」
「き、気をつけます!」
私はピシッと敬礼のポーズをして、ゆるゆるになっていた表情を引き締める。
お兄ちゃんと2人きりだとずっとこんな感じだから、表情筋が蕩けちゃいそうで心配だよ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした♪」
食べ終わったお兄ちゃんの食器と自分のとを重ねて流しへと運ぶ。この家では、洗い物も私の担当だ。
今日のカレーライスは我ながら美味しくできていたと思うし、おかわりまでしてくれたお兄ちゃんの胃袋もきっと鷲掴みだよね♪
先にお風呂に入ってもらっているお兄ちゃんのことを考えていると、だんだん気分も良くなってきて、自然と鼻歌が漏れ始める。お母さんが家事をしている時によく奏でていた鼻歌だ。
「〜〜〜♪」
お母さんとお父さん、元気かな?最近電話がかかってこないけれど、あの二人のことだから何かあったわけじゃなさそうだし……。
次に受話器から声を聞く時には、弟か妹が増えている可能性だって無くはない。それくらい仲良しなんだもん。
「私もお兄ちゃんとラブラブになりたいなぁ……」
同じ屋根の下で暮らしているのに、お兄ちゃんは私のことを全く意識していない。
これは血の繋がっている妹だからとか、そんな世間体を気にした理由なんかじゃなくて、お兄ちゃん自身が恋愛やら色欲やらに無関心だからだと思う。
私はそのことに落胆するどころか、むしろ有難いとすら思っていた。
今更だけど、私はお兄ちゃんが大好きだ。一番辛いときに一番近くにいてくれたお兄ちゃんのことを、異性として好きになった。
お兄ちゃんからすれば、ただ妹を励まして元気づけただけなのかもしれないけれど、私がそのおかげで身も心も救われたのは事実。
だから、ヒーローであるお兄ちゃんに身も心も捧げたいと思うのは、何らおかしいことではないと思う。
まあ、世間はこれを許してくれないみたいだけど。
恋心に気が付いたばかりの時は、好きな人と同じ家に住んでいるということを大きなアドバンテージだと思っていた。
毎日確実に顔を合わせられて、会話をすることも出来て、ご飯を作ってあげることだって容易い。普通の恋愛よりも大きくリードしている……つもりだった。
けれど呑気だった私はすぐに、兄妹という概念はそんなに甘くないことを思い知ることになる。
隣の家に住んでいたお姉さんが、
法で許されているはずの結婚さえあの扱いなら、血の繋がっている私達はどうなるのだろう。引き離されるだけで済むのだろうか。
そもそも、お兄ちゃんに気持ちを伝えることすらできるかも怪しい。もし伝えた結果、距離を置かれたりしたなら、私は二度と立ち直れない。もしかすると、今度こそ心が折れて――――――。
考えれば考えるほど怖くなって、眠れない夜もあった。そこまで恐れてもなお、お兄ちゃんを好きでいる恋愛貪欲な自分がとてつもなく嫌で、自分自身と目が合ってしまわないように部屋の姿見に布を被せたりもした。
けれど、高校の入学式の前日。あの日を境に私は変わった。それまで話を聞くだけだったお兄ちゃんが、唯一私に言った願望。
『学校に行っている奈々をもう一度見たい』
お兄ちゃんにとっては単なる呟きだったんだと思う。でも、私にとってはそれが背中を押してくれた運命の一言だったから。
まあ、無理して元気に学校に行っている姿を見せようとして、その反動でお兄ちゃんに対する気持ちを暴露してしまったわけだけれど……。
一度決壊したダムは水が抜けるまで手を出せないように、私の恋心も歯止めが効かなくなってしまった。タチが悪いのは、恋心は溢れれば溢れるほど、どんどん膨らんで尽きることがないということ。
けれど、兄を好きな妹なんて嫌われるかもしれないと怖がっていた私を、お兄ちゃんはしっかりと受け入れてくれた。……あくまで『妹』としてだけれど。
「……ふぅ。洗い物はこれで終わりかな」
濡れた手をタオルで拭いて、身に着けていたエプロンを外した私は、そのままリビングのソファーに移動して横になる。
お兄ちゃんがお風呂から上がるまで、ここで体を休ませておこうかな。その後は全力で甘えないといけないし。
「私、お兄ちゃんに好かれたくないなぁ……」
真っ白な天井に向かって、誰にも聞かせられない独り言をため息混じりにこぼした。
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