第41話
「
「ううん、9分と32秒しか待ってないよ」
「それを待ってるって言うんじゃないの?」
「兄妹なんだから、そんなこと気にしなくていいんだよ♪私の役割である買い物に付き合ってもらうんだから」
「その割にきっちり測ってたよね」
「女の子の1秒は貴重なんだよ?」
「気にした方がいいのか、気にしなくていいのか、どっちなの?」
「どっちもだよっ!」
「うーん、やっぱり女の子のことはよく分からないや」
「女の子は複雑な生き物なんだよ〜♪」
スーパーの前で待ってくれていた奈々とそんな会話をしていると、時々会う知り合い程度のおばあさんが「仲良しだねぇ」と微笑みながら中に入っていった。
奈々がブラコンになったのは1ヶ月ほど前の話だし、一緒に出かけたりするほど仲良くなったのも同じくらいで、それ以前はあくまで普通の兄妹という感じだったからなぁ。
僕としては、あまり感情を口にしなかった前の奈々よりも、素直に伝えてくれる今の彼女の方が、『いい子』だと感じてしまっていることが申し訳ない。
どっちも同じ奈々なのに、無意識とは言え比べてしまうなんて、お兄ちゃん失格だよね。
「お兄ちゃん、さっさと買い物を済ませちゃお!」
「そう言えば、9分も待ったなら先に買っておいてくれればよかったのに」
「それは言っちゃダメな約束だよ!」
「そんな約束した覚えないけど」
「私はお兄ちゃんと買い物デートがしたかったのっ!」
「一緒だからって、お菓子は買ってあげないよ?」
「私を何歳だと思ってるの?!」
「僕の中では永遠の5歳だよ。あの頃の奈々、可愛かったなぁ」
懐かしむように呟くと、奈々は「若ければいいってもんじゃないよ!」と頬をぷぅっと膨らませた。
食いしん坊なリスに見えるその頬をつんつんとしつつ、「今の奈々はもっと可愛いけどね」と頭を優しく撫でると、「……えへへ♪」と上機嫌に笑って店の中へと入っていく。
「我が妹ながら、単純さが恐ろしいよ」
カゴを片手に、見た目を確認しながら玉ねぎやら人参やらを放り込んでいく彼女の背中を眺めながら、僕は一人微笑んでいた。
「お兄ちゃん、あれ取って!」だったり、「これ持って!」だったり、今日の買い物はやたらと奈々にこき使われた気がする。
まあ、高いところにあるものは奈々じゃ届かないし、無理に取って物が落ちて来るのも困るから、言われなくても働くんだけどね。
いつもこの量を一人で買いに行ってもらっていたのかと思うと、少し申し訳なくなってしまう。
こんなのじゃ足しにもならないと思うけれど、せめてもの罪滅ぼしとして、元々左手に持っていた荷物に加え、奈々が持っていた荷物も右手で受け取った。
ここからこの荷物を持って歩くのは、奈々も疲れちゃうだろうし。たまにはお兄ちゃんらしいところを見せておかないとね。
そう自己満足に浸っていると、不意に右腕をグイッと引っ張られた。振り返ってみると、奈々が不満そうな目で僕を見ている。
「お兄ちゃんが両方持ったら、私のが無いよ」
「奈々にはいつも頑張ってもらってるから、今日くらい僕に任せて」
「ダメ、私が持つの」
奈々は優しい子だ。だから、こんな僕への負担さえ減らしてくれようとする。もう一度断ってみるけれど、彼女は強引に袋を奪い取ると、それを右手に持って満足そうに微笑んだ。
「私にとってお兄ちゃんは、生きる意味で同時に心の拠り所なんだから♪お兄ちゃんが倒れたら、私も共倒れしちゃうよ?」
「僕はそんなにか弱くないよ」
「私より弱いのに?」
「帰宅部は運動部に勝てない。それが世の
「なら、勝者である私を頼ってくれてもいいと思うなぁ〜」
奈々は首を傾げながら、袋をクルクルと回転させる。そこには牛乳が入ってるから、あまり回さないで欲しいな。振りすぎてバターになっちゃったら困るし。
「それに、お兄ちゃんの右手は荷物を持たされるためにあるんじゃないよ?」
「当たり前だよ、物を掴んだり投げたり書いたりするためにあるんだもん」
「……そういう事じゃなくて」
僕の言葉に苦笑いを浮かべた奈々は、ごほんと咳払いをしてから、仕切り直すように長めのため息をついた。
それが終わると、何も持っていない左手をそっと差し出し、僕の右手を優しく包み込む。触れただけで分かる綺麗な指が僕の指と指の間に割って入り、お互いの手がより固く繋がれた。そして。
「私を離さないためにあるんだよ?」
優しく微笑む奈々の表情は、手のひらから感じる体温と同じくらい温かくて、僕の表情も自然と緩んでしまう。
「いつかは結婚とかで離れていくけどね」
「そんなことないよ!私、お兄ちゃんと結婚するもん!」
「それを言っていいのは幼稚園児までだと思うけど」
「永遠の5歳だからギリギリセーフだよ!」
「確かに」
まさか自分の発言がブーメランだったなんて。僕の失態に漬け込んで、「絶対お兄ちゃんのお嫁さんになるから!」と路上で叫ぶ奈々に「法律的には無理だからね」と諭してあげると、「私が法律を変える!無理なら無人島に移住するもん!」となかなか大きな目標を立ててくれた。
まあ、法が許しても僕が許さないけど。やっぱり妹は何があっても妹だからね。上がりもしないし下がりもしない。生まれた瞬間から、僕にとって一番大切な存在なんだもん。
とは言え、本当に無人島に連行されるのも困る。主にりんごジュースが飲めないという事実に。
「奈々、無人島はコンビニがある所にしてね」
「それはもはや有人島では……?」
「確かに。奈々、賢いね」
「お兄ちゃんがバカ……じゃなくて、天然すぎるんだと思うよ?」
「僕はお母さんから生まれたから、どちらかと言うと人工だと思うけど」
「そういう意味じゃ……まあ、いっか。お兄ちゃん、早く帰ってカレー作ろ♪」
「そうだね。でも、僕は天然じゃないと思うんだけどなぁ」
「その話はもういいからぁ!」
「でも――――――――――――――」
奈々に怒られてしまったため、僕の脳内のみで繰り広げられた天然か人工か討論は、結局家の近くで
「こ、恋人繋ぎ……?!」
「ふふん♪」
僕らを見て驚いた表情を浮かべる紅葉に向かって、奈々が何故かドヤ顔していたのが気になったけれど、この2人が変なのはいつもの事だから、僕は彼女に「またね」とだけ言ってそのまま家へと帰った。
その後、学園デバイスに紅葉からの質問攻めが来たんだけど、答えるのも面倒だったから既読だけつけて無視することに。
奈々のスリーサイズなんて聞かれても、僕が知るわけないってのにね。お兄ちゃんだからこそ、知ってはいけない部分があることをわかって欲しいよ。
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