第40話

「舌、引っこ抜いちゃいますよ?」


 彼女の本気さを理解してしまった私は、悔しいけれど「ほへんなふぁい……」と謝罪の言葉を口にした。

 人間、恐怖には勝てないものよね。屈辱でしかないけれど、いつか何倍にもして返してやるからいいわ。


瑛斗えいとさんは私達が仲良しだと思ってるんです。『ゲーム』を続けるなら、その方がいいと思いませんか?」

「ほうひふほほ?(どういうこと?)」

「鈍い人ですね……。男性は女性が誰かの愚痴を言っているのを聞くのが嫌いなんですよ。性格が悪く見えますからね」

「はふほほ(なるほど)」

「それに、喧嘩をしていればいずれ『ゲーム』のことを口にしてしまわないとも限らないです。勝負をしていることがバレれば、印象は最悪ですから」

「はひはひほーへ(確かにそうね)」


 白銀しろかね 麗子れいこの言うことはもっともだ。こればかりは反論する理由がない。私達は瑛斗の前では仲の良い振りをし、その上で『ゲーム』のことを隠しながら競い合う。それが一番効率的でいいわね。


「わかって貰えました?」

「へへ、わはっはわ……って、いつまで指入れてるつもりよ!」

「ふふっ、人の舌を掴むなんて経験、なかなかできることでは無いので、存分に味合わせてもらいましたよ♪」

「……あなた、いい趣味してるわね」

「それほどでも」

「褒めてないわよ」


 無理矢理指を引っこ抜いて文句を言ってやるも、白銀 麗子は涼しい表情で私に意地の悪そうな笑顔を見せつけると、先程まで舌を挟んでいた2本の指に軽く口付けをした。


「っ……な、な……」

「照れているのですか?初心うぶですね。女の子同士なら、間接キスなんて日常茶飯事だと言うのに」

「か、間接きしゅ……うぅ……」

「あっ、友達のいないあなたには遠い世界でしたね。ごめんなさい」

「……う、うるさいわね。大して仲良くもない人と無理に友達を演じてるあなたよりマシよ!」

「ふふっ、コミュ力おばけとでも呼んでください」

「ぐぬぬ……」


 この余裕そうな表情にすごく腹が立つ。ちょっとばかしコミュ力があるからって、調子に乗ってんじゃないわよ!

 いつか絶対に見返してやる……瑛斗を落として学園認定SS級になったあかつきには、目の前でドヤ顔してやるんだから!


「うん、わかった。すぐに帰るよ」

「……どうかしたの?」


 いつの間にか耳に当てていたスマホをポケットにしまう瑛斗にそう聞くと、彼は小さく頷いてからカバンを持って席を立った。


奈々ななが夕飯の買い物に行くから、スーパーまで来て欲しいって言ってるんだ」

「それ、きっと荷物持ちね。作ってもらうんだし、それくらいはして当然よね」

「うん、悪いけど先に帰るよ。紅葉と白銀さんが仲良しになってくれてよかった、また明日学校で」


 瑛斗は私達にそれぞれ手を振ってから、小走りで階段を下りていった。帰りも2人で……なんて思っていたけれど、そう上手くは行かないわよね。

 彼の足音が聞こえなくなってから、私はそっと胸を押さえながらため息をこぼした。


「……それにしても、最後の一言が刺さったのは私だけ?」

「いえ、私もですよ。私達が仲良しだなんて、騙しているみたいで胸が痛いですね」

「みたいじゃないわよ、騙してるんだもの」


 私達は自分たちの勝負のために瑛斗に嘘をつき続ける。けれど、私がこの女とどんな関係であろうが、瑛斗はきっとそこまで気にしない。

 あくまでお互いにマイナスの無いようにする。それだけの(偽)友達協定なのだから。

 そんなちっぽけな嘘よりも、もっと重要視するべき事実が他にあるということに、私も白銀 麗子も既に気がついていた。


「私達、瑛斗を落とすためにアプローチするのよね?それってつまり、好きだと嘘をつくってことになるわけで……」

「私も鬼ではありませんから、きっと今よりもっと胸が痛みますね」


 恋愛感情を偽る。それがどれほど罪なことかくらい、恋愛をしたことがない私にでも分かる。

 今じゃ考えられないけれど、もしも瑛斗が私を好きになってしまったとしたら、その時の私は彼に伝えることが出来るのだろうか。


 全部嘘でした―――――――――と。


 きっと無理だ。だって、彼は私の唯一の友達。そんなことしたら、恋愛感情を失わせるどころか、話すらしてくれなくなる。

 友達といる楽しさに慣れてしまった私には、もうひとりぼっちは耐えられない……。


「――――――なんて、そんなこと言っても引く気は無いんでしょ?」

「当たり前です。東條とうじょうさんを見下せるのなら、死ぬまで瑛斗さんに嘘をつき続けるくらい朝飯前ですよ」

「……酷い女よね。私も人のこと言えないけど」

「お互いにS級レベルの最低最悪っぷりですね♪」


 「ふふふ……」と笑う彼女に釣られ、私も自然と意地の悪い笑顔を浮かべていた。

 そうよね、この女に勝つためには手段を選んでなんていられない。

 車に自転車では追い付けないように、非暴力主義ではボクシングの試合で勝てないように、平和を説くだけでは戦争が終わらないように。

 このゲームに勝つためには、敵と同じかそれ以上の攻撃をしなければ勝算はゼロに等しくなる。恥ずかしがって行動出来ない乙女ではなく、戦場を駆ける戦乙女バルキリーにならなくちゃ……!


「お互いに覚悟も決まったところで、ひとつ聞いてもいいですか?」

「なに?有力な情報は流さないわよ?」

「いえ、そうではなくて……奈々さんというのは誰のことですか?」


 その言葉を聞いて、私は固まった。だって、瑛斗の妹である奈々ちゃんは白銀 麗子に協力しているものだと思っていたから。

 そうでないのだとしたら、あの子に協力しているS級は他にいるということ……?


「本当に知らないの?」

「ここで嘘をつく理由がないですよ。女の子のようですが……もしかして、私達の敵ですか?」

「そうね、場合によっては敵にも味方にもなりうる存在よ」

「そ、そんな危険な存在がいたなんて、私のリサーチ力もまだまだですね。瑛斗さんとその子の関係は?まさか愛人ですか……?」


 カバンからメモ帳を取り出して、私の声に耳を澄ませる白銀 麗子。この様子だと本当に奈々ちゃんとの繋がりは無いみたい。

 ……というか、やっぱり裏でコソコソと瑛斗について探ってたのね。落とし方をノートにまとめている私も大概だけれど、この女の方がやばいんじゃないの?


「そんなこと、私が教えると思う?」

「それほどの脅威、牙を剥かれれば一人では対処出来ないでしょうね。2人でやっつけてしまう方が効率がいいと思いますよ?」

「……それも一理あるわね」


 確かにあのブラコン妹は危険だとは思う。多分、ストッパーが外れれば、血の繋がりなんて忘れて襲いかかるタイプよ。

 それなら、早めに瑛斗のことを諦めさせておいた方が、余計なことに気を取られずに勝負ができる。


「わかったわ、教えてあげる」

「そう来なくては。それで、二人のご関係は?」

「……実の兄妹よ」

「兄妹ですか―――――――――――って、え?」


 その後、私は「私のリサーチによると、瑛斗さんの妹は優等生では……」と困惑する白銀 麗子にあの妹の危険性をレクチャーし、有事の際は共に奈々ちゃんの対処にあたる『集団妹対処条約』を結んだのだった。

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