第38話

 僕は半額クーポンで注文したLサイズのポテトを受け取ると、二階に上がって空いていた2人用のテーブルに向かい合って座った。


「僕、紅葉くれはに初めてされたよ」

「……ええ、そうね」

「ちょっと力入れすぎだったと思うけど、刺激的で悪くはなかったかな」

「そ、そう。あの、瑛斗えいと?周りの目が……」

「でも、まさか紅葉も初めてだとは思わなかったよ。痛かった?」

「……少しだけ」

「今度は僕がしてあげ――――――――――」

「で、の話よね!ええ、手加減がわからなくて強くしすぎたから、私も指が痛かったって話なのよね!」


 紅葉は僕の言葉を遮るように突然立ち上がると、それまでの会話の内容を叫びはじめた。時々変なことをする時はあるけれど、今のがダントツでやばい人感が出てたね。

 他のお客さんたちは、顔を真っ赤にしながら座り直した彼女を、心做しか微笑ましそうに見ているように見えた。もしかして、みんなやばい人なのかな。


「急にどうしたの?発作?」

「あ、あなたが変な言い方するからでしょ?!」

「変な言い方?えっと、あー、あれのことだよね」


 一体なんのことを言われているのかは分からないけれど、分からないと言っても何か言われそうだし、とりあえず知っている振りをしておいた。

 そんな僕の心を見透かしたように、紅葉は群を抜いて長いポテトをこちらに向けながら、鋭い目で睨んでくる。


「あれって何のことよ。言ってみなさい」

「えっと、痛かったってところだよね?」

「間違ってはいないけど、分かってないのがバレバレよ」


 紅葉は小さくため息をつくと、持っていたポテトを口の中に放り込んだ。


「じゃあ、紅葉の言う『変な言い方』って、どこをどう聞いたら変に聞こえるの?」

「えっ……そ、それは……」

「もしかして分からないの?僕に聞いてきたのに?」

「わ、わかるわよ!わかる……けど……」


 何やら紅葉がモジモジしはじめた。もしかして尿意かな?我慢は良くないから、気にせずに行ってくれて構わないんだけど、今を逃すと答えを聞けなくなるような気もしてしまう。

 自分の中で葛藤した末に、僕の中では『我慢できなくても、他人のフリをすればいいか』という結論に至った。


「紅葉、逃げちゃダメだよ。ちゃんと答えて」

「っ……こ、答えてやるわよ!」

「その意気だよ。頑張って、紅葉」


 彼女は緊張した面持ちで立ち上がると、何度か深呼吸をして、それから真っ直ぐに僕の目を見つめる。


「え、瑛斗が初めてだとか刺激的だとか、痛かったなんて言うから……周りの人が勘違いしちゃうんじゃないかと思って……」

「初めてで刺激的で痛いこと?僕、辛いの苦手だから激辛ラーメンの大食い競走は遠慮したいかな」

「そういう事じゃなくて……!」


 バンッ!と机を叩く音が店内に響く。ここはゲームセンターじゃないから、音ゲーやUFOキャッチャーを台パンした人がいる訳では無いよ?

 目の前に立っている紅葉が叩いたんだ。

 彼女は下唇を噛み締め、「あなたが勘違いさせるようなことを言うから……」とか細い声で呟きながら、うるくるとした瞳で僕を見下ろす。

 そして、ゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえて来ると同時に、彼女は決心したように両手を握り締めた。


「え、えっちな事だと思ったのよっ!!」


 彼女の声に、話をしていた他のお客さんたちもシーンと静まり返る。その静けさが羞恥心を煽ったようで、紅葉は「お、お騒がせしました……」と小声で呟いてから力が抜けたように椅子に腰かけた。


「ま、紛らわしいから悪いのよ……」

「紅葉……」


 目の前で耳まで真っ赤にして小さく縮こまっている彼女を見ていると、『ごめん』だとか『大丈夫?』なんかよりも、もっと伝えなければならないことが浮かんでくる。

 僕はそれを伝えるために、一度深呼吸をしてから口を開いた。


「紅葉、僕年下はちょっと無理かも」

「……どうして私が振られたみたいになってるのよ。ていうか、誰が年下よ!同じクラスでしょ?!」

「だって、僕が幼女誘拐容疑で逮捕されちゃうよ」

「そこまで小さくないわよ!ギリギリ中学生には見えるはずだもの!」

「それ、自分で言ってて悲しくならない?」

「……うっさい」


 ぷいっとそっぽを向いて不貞腐れる彼女に、「紅葉は小さくても心が大きいからね。あと態度も」と言ってあげると、「最後のは余計よ」と満更でもないといった表情を見せた後、べーっと舌を出してから小走りでトイレへと駆けて行った。


「紅葉は素直じゃないなぁ」


 トイレに行きたいなら、初めからそう言えばよかったのに。

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