第37話
学校を出てから10分とちょっと。学生にとってありがたさしかない場所にある駅前のとあるチェーン店の前に、僕と
「ここがリア充が放課後に
「あの看板、『MAKYOU』だからMだったんだね」
「……それは違うと思うわよ」
「マクド〇ルドのMよ」と教えてくれる紅葉に、「そんなの誰でも知ってるよ」と答えたらつま先を踏まれてしまった。
ちょっとした冗談だから、そんな怒らなくてもいいのになぁ。
「それにしても、ここに来るのはいつぶりかしら」
「僕が最後に来たのは、ポケ〇ンを受け取りに来た時だったかな。8、9年くらい前だと思う」
「私が来たのはもっと前よ。ラッキーセットでプリチュアのおもちゃを貰ったことを覚えてるわ」
「紅葉も女の子らしい時期があったんだね」
「……ふんっ。悪かったわね、男っぽくて」
「そういう意味じゃないよ。子供っぽい頃があったのに驚いてるってこと。今の紅葉はどちらかと言うと大人っぽいから」
その言葉に、彼女は僕のいる方とは反対に顔を向けながら、「じ、時間が無駄になるわね。早く入りましょうか!」と1人でドアに近付いて行く。
「あ、さっきの大人っぽいって言うのは中身の話だからね?」
「なら、外見はどうなのよ」
「小学四年生くらいかな」
「誰が女児じゃおら!」
「さっき怒らないって約束したのに」
「あっ……って、一切してないわよね?!ちょっと騙されそうになったじゃない!」
「痛い、痛いよ紅葉……」
彼女は背骨に沿ってグーにした手をグリグリとしてくる。拳を動かされる度に凝り固まった部分に刺激が届いて――――――――――――――これ、痛いけどちょっとだけ気持ちいいかもしれない。
「紅葉、もう少し右をお願い」
「このあたり?」
「あ、そこそこ。さすが紅葉、すごく上手だね」
「ふふっ、それほどでも……って何やらせてるのよ!」
「ああ、僕の歩くマッサージ機が……」
「人を機械にしないでもらえる?!というか、歩かなくていいものを歩かせたがるのはやめなさいよ!」
「後半は僕に言われても困るよ」
まあ、歩く辞書だとか二足歩行で歩く犬だとか、人間は歩かないものを歩かせるのが好きってのはその通りみたいだけど。
戦隊モノを見ている子供たちの八割くらいが、四足歩行よりも二足歩行のロボの方が好きと答えると思っちゃうのは、きっとそれが原因だね。
「まあいいわ。そろそろ入りましょうか」
「そうだね、さっさと食べて帰ろうか」
「……少しくらいゆっくりしてもいいのよ?」
「先生に見つかったら怒られちゃうよ」
「……変なところで真面目なのね。こんな時間に教師は来ないわよ」
「来たら隠れればいいわ」と呟く紅葉に、それもそうかと納得していると、彼女は一足先にドアに歩み寄って行く。そして。
「ふぇっ!?」
自動で開いたドアに驚いて、その場で尻もちを着いた。その表情は少しの間ポカンとしていたけれど、店の中にいた人に見られていたことに気がつくと、紅葉は真っ赤になって顔を伏せる。
コメディ映画さながらのシーンに、込み上げてくる感情を抑えながら、僕は早足で彼女に歩み寄った。
「紅葉、大丈夫?もしかして、自動ドア知らないの?」
「し、知ってるわよ!私が前にマクド〇ルドに来た時は、手動で押すタイプだったから……」
「かなり前だもんね。大丈夫、笑ってなんかないよ。―――――――プッ」
「わ、笑ってるじゃない!」
「違うよ、口からガスが漏れただけだから」
「それはそれで失礼よ!」
頬をプクッと膨らませながら、潤んだ瞳で僕を見つめる彼女。「食いしん坊のリスみたい」と言ったら、胸に頭突きされてしまった。紅葉って意外と石頭なんだね。
「いいから早く入るわよ!…………あれ?」
首をブンブンと横に振って羞恥心を振り払った紅葉は、立ち上がって自動ドアの上についているセンサーを見上げた。
そして数秒後、カクっと首を傾げる。
「開かないわね、さっきは開いたのに」
「紅葉がセンサーに反応してないんじゃない?」
「誰がチビよ。私が小さいんじゃなくて、あなたが大きすぎるだけだから」
「高校二年生の平均身長、見たことある?」
「…………」
「正解は沈黙じゃないよ」
「……うっさいわね。数年後には7等身になってやるわよ」
「それ以上顔を小さくするのは難しいと思うよ?」
「そっち?! 体を大きくするって意味よ!」
「いや、むりむり。諦めた方がいいって」
「そんなはっきり言わないでもらえる?!」
彼女がそう言いながら不満そうな表情を向けてくるのと同時に、店の中から店員さんが出てきて、自動ドアを手動で開けた。
「すみません、最近センサーに不具合が多くて。たまに開かなくなるんですよ」
店員さんはお詫びにとポテト半額券を1枚ずつ渡して店の奥へと戻っていった。特に何か不利益があった訳でもないから、こんなものを貰っちゃうのは少し悪い気もするけれど、タイミング的にもせっかくだし使わせてもらおうかな。
「紅葉、よかったね。手動ドアになったよ」
「う、うるさいわね……」
僕らのやり取りを聞いていたのか、お客さんの中の一人がコーヒーを吹き出した。今日はなんだか申し訳ない気分になることが多いなぁ。
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