第36話
着替えを終えてから教室に戻ると、
いや、座っていると言うよりかは突っ伏してると言った方がいいのかな。
今声をかけてもいいのか分からなかったけれど、休み時間も残り少ないからと、とりあえずスルーすることにした。
教室の両端でザワザワと騒いでいる2つの集団を避けて歩くと、自然と真ん中辺りにある紅葉の近く通ることになる。眠っているなら特に何かを気にする必要もないかと、死んだようにピクリとも動かない彼女の前を通り過ぎた―――――その瞬間だった。
「待ちなさいよ」
「?」
突然左腕を掴まれて振り返ると、紅葉が体を起こしてこちらを見ていたのだ。誰か、ザオ〇クでも使ったのかな。
「トイレ、間に合ったの?」
「うーん、間に合わなかったかな」
「えっ……」
「冗談だよ。だから、僕に触った方の手をスカートで拭くのはやめて」
確かに本当に間に合わなかったのならその気持ちもわかるけど、冗談なのに本気で信じ込まれると僕も焦っちゃうよ。
紅葉が「間に合ったなら良かったわ」と手を止めてくれるのを確認して、僕は少し気になったことを口にした。
「紅葉、寝てたのによく僕に気づけたよね」
「……わ、私鼻がいいのよ!」
「つまり、僕の匂いで起きたってこと?」
「うっ、そういう訳じゃ……」
「トイレまで走ったから汗かいてるもんね。ちょっと臭いかも知れない」
「そんなことないわよ。むしろ、いい匂いが……って何言わせるのよ!」
「紅葉が勝手に言っただけなのになぁ」
怒ったのか、べしべしと僕の腕を叩いてくる紅葉。彼女の言葉の責任まで押し付けられるなんて、理不尽にも程があると思う。
まあ、臭くないって気を遣ってくれた分のお返しと言うことにしておこうかな。
「ところで、本当のところはどうなの?」
「……バレてるなら早く言いなさいよ。言い訳考えたのが馬鹿みたいじゃない」
「あ、やっぱり寝たふりだったんだね」
「ええ、こんなに騒がしい中で寝れるほど、私はの〇太体質じゃないもの。あなたもぼっちだったなら少しは分かるんじゃない?」
「僕はいつも窓の外を眺めてたからなぁ」
「ああ、いいわね。ただ、窓際の席じゃなきゃできないって言うのが惜しいわ。ぼっちは空いてるからといって、他の人の席を借りたりはできないもの」
「うんうん、わかりみが深いよ」
僕らの間で花を咲かせたぼっちあるあるトークは、最終的に紅葉の「……なんだか自分で言っていて悲しくなるわね」という一言で終わりを告げた。
いくら共感できても、お互いに傷口を刃物で撫でてるようなものだからね。自傷行為と言っても過言ではないレベルだよ。
そんな感じでお互いに慰め合いながら傷つけあった僕らは、少し落ち込んだ気分で6時間目の授業を受けたのだった。
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放課後、ようやく一日の授業が終わり開放されたと、晴れ晴れしい気持ちで帰ろうとする僕を、教室前の廊下で紅葉が引き止めてきた。
「あなた、約束を忘れたわけじゃないでしょうね?」
「約束?……あ、猫さんパンツを忘れ――――――」
「わーわーっ!その事じゃないからそれ以上口にしないでもらえる?!」
紅葉はいきなり大声を出したかと思うと、両手を僕の口に押し付けてくる。あまりに突然だったから、奇病の発作でも始まったのかと思ったよ。
「ポテト、一緒に買いに行くって言ったわよね?」
「あ、そういえば言ったような気がする。でも、もうそういう気分じゃないからいいかな」
「えっ……」
僕の返事に、紅葉は驚いたような声を漏らして視線を落とした。その表情から、僕にも今の彼女の『残念』という気持ちが伝わってくるような気がする。
「ほんとに行かないの……?」
「だって、今はもう食べたい気分じゃないからね」
「そ、そう。それなら仕方ないわよね……」
紅葉は、こちらに顔を背けるようにしてため息をこぼす。そんな姿を見て気付かされた。
約束を取り付けておいて、直前になしにするなんてのはさすがに酷かったよね。紅葉もそんなにポテトが食べたかったのか、すごく落ち込んでるみたいだし――――――――――――そうだ。
「あー、急にポテト食べたくなってきたかもしれない。紅葉、やっぱり買いに行こっか」
「……嘘が下手すぎるわよ」
「バレちゃってるの?」
「ええ、丸わかりね。……でも、ありがと」
照れたように少し小さめの声でそう伝えてくれる彼女に、僕は「どういたしまして」と返す。
紅葉はいつもいきなり素直になるから驚いてしまうけれど、ずっと意地を張ってるよりかは何倍も可愛げがあると思う。
猫だって引っ掻いたり噛み付いてばかりじゃ、愛でる気も失われちゃうだろうし。
「僕、素直な紅葉の方が好きだよ」
「っ……す、好きなんて簡単に言わないでもらえる?!」
「本心なんだからいいでしょ?」
「本当のことでも、言っていいことと悪いことが……」
「そうやってツンツンしてる時は微妙かな」
「愛想がなくて悪かったわね!」
「あ、さっきのは友達としてだよ?」
「……分かってるわよ、それくらい」
僕が「本当かなぁ」とからかうように顔を覗き込むと、「うっさい!」とデコピンされてしまった。結構痛いんだね、これ。初めてされたよ。
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