第34話

 ……なんだか、体がポカポカする。昔、お姉ちゃんと一緒の布団で寝た時のような、すごく心地のいい温かさだ。


「……お姉ちゃん……?」

「あ、紅葉くれは、起きたんだね。悪いけど、もう少し我慢してて」


 あれ、お姉ちゃんの声がいつもより低い気がする。それに背も高くなってるし、体格も何だか男らしく――――――――――――。


「……って、瑛斗えいと!?」


 抱きしめるように背中に腕を回してきている人物の正体に気がついた私は、眠気の吹っ飛ぶ勢いのまま彼から飛び退こうとした。

 けれど、背中に硬い壁が当たる感覚が伝わり、ガンッという金属っぽい音が響く。どうやら私達はロッカーの中にいるらしい。


『今の、何の音?』

『誰かが重いものでも落としたのかな?』

『でも、誰もそんな感じには見えなかったよ?』


 外から聞き覚えのある声がいくつか聞こえてきた。どうやら、このロッカーは私が眠る前に居た更衣室のもので間違いないらしい。外にいるのはおそらくクラスメイトの女子だから、体育が終わって着替えに来たんだろう。


「……この状況、説明してもらえるかしら」

「紅葉、怒ってるの?」

「怒ってるに決まってるでしょ?!」


 声を潜めつつ、軽く彼の太ももにパンチする。ロッカーの中じゃなければ、もっと重い攻撃ができたと言うのに。


「みんなが帰ってきたのに気が付いたから、ここに隠れたんだよ。バレたら大変でしょ?」

「だからって、私まで一緒に連れ込む必要は無いわよね?」

「その格好で寝てるのなんて、見られたくないと思ったんだよ」


 そう言われて思い出した。そう言えば、結局ズボンを履かずに眠ってしまったんだっけ……。

 今日は運悪く下着が猫柄だし、確かにこれを大勢に見られるのは恥ずかしいわね。


「迷惑だったよね、ごめん」

「いえ、何も知らずに怒っちゃって悪かったわ。気を遣ってくれたのよね、ありがと」

「紅葉が素直なんておかしい。頭でも打った?」

「……あなたの頭を撃ち抜きたい気分よ」


 この男、優しいのか優しくないのかがやっぱり掴めない。こちらが素直になれば、するりとかわしてカウンターのようにストレートを返されるのだから。

 こんな面倒なことになるくらいなら、廊下に倒れたままにしておけばよかったわね。

 ……あれ?そもそも私はどうして彼を一緒に更衣室に連れてきたんだったっけ?

 それは倒れているのを見られたら、私が気絶させたってバレるかもしれないから。でも、よく考えてみれば、今この状況を見られる方がまずいのでは?

 片や女子更衣室にいるはずのない男子。片やパンツ丸出しの女子。そこに『体育をすっぽかした2人』という情報まで加われば、余計な知識ばかり詰め込んだ思春期の高校生達が思い至る『何をしていたのか』に対する答えはきっとひとつしかない。


『もしかして、下着泥棒?』

『……あるかも』

『え、こわーい!』


 外の女子達はまだ先程の物音について話している。そして、その中の1人が『ここから聞こえてきた気がする!』と口にした。


「紅葉、まずいかも。僕達のいるロッカーを指差してる」

「えっ?!……って、何外を見てるのよ!下着姿とか、見えちゃうでしょ!」

「そんなこと言ってる場合じゃないのになぁ」


 ロッカーの扉の上の方にある隙間から外を覗く彼の目を手で覆う。迷惑そうに抵抗してくるけれど、私は断固としてその手を離さなかった。

 いくら危機的状況でも、例え彼が異性に興味が無いとしても、その辺は気を付けてもらいたい。大事なのは見る側の心持ちじゃない。見られた側がどう思うかなのだから。


『確認してみようよ』

『念の為にね』

『そうしよそうしよ!』


 声と足音がだんだんと近付いてくる。不安そうな者、慎重な者、楽しそうに声を弾ませた者。色々といるけれど、私の心臓は当然バックバクだ。まるで耳に心臓があるみたい。

 内側にいるからか、扉に付けられた取っ手に触れる微かな音すらはっきりと伝わってくる。ここを開けられて私は人生からドロップアウト。



―――――――――――そう覚悟したと言うのに。

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