第31話

「し、信じられない……こんな可愛い子があなたの妹だなんて」

紅葉くれは、それ言うのもう14回目だよ。さすがに僕も傷ついちゃう」

「……ごめんなさい、本当に信じられなくて」

「ほら、15回目」

「謝ってるんだからノーカンよ」


 お弁当を完食した後、教室のざわつきがなかなか収まらないからと、落ち着いて話すために僕らは3人で中庭に来ていた。

 ここなら人も少なくて、紅葉にだけ詳しい説明ができるからちょうどいいね。


「それにしても驚いたわ。話に聞いていた妹さんが、学校の有名人だったなんて」

「さっきから気になってたんだけど、紅葉は奈々ななのことを知ってたの?」


 彼女がベンチに腰掛け、僕と奈々も続いてその隣に座った。


「私が、なんてレベルじゃないわ。学校中で知らない人の方が珍しいくらいよ」

「でも、奈々はA級だよ?S級の紅葉より低いと思うけど、そんなに有名になるものなの?」


 僕がそう聞くと、奈々は「私なんてまだまだですよ♪」と満更でもないというような顔をして、紅葉は「わかっていないのも無理はないわね」と眉を八の字にする。


「1年生でA級というのは、本当にすごいことなのよ?」

「紅葉よりも?」

「ええ……って、答えづらいわよ!」


 紅葉によると、恋愛格付制度ではその本質を見抜かれてしまうため、本人の交友関係も点数に反映されてしまう。

 新しい学校で不安を感じている状態での計測となると、人によっては数値が下がることがあるらしい。

 その問題を解決するために、1年生の期間を『本質見定め期』と呼び、1年間学校に慣れた上で2年生最初の計測に挑むんだとか。


「この制度は差を生み出すものだから、本質が分からないうちに下手に高いランクを与えることは出来ないの」

「じゃあ、機械がわざと点数を下げてるってこと?」

「ええ、噂ではそういうことになっているわ。だから、1年生の中にS級はほとんど生まれないのよ」


 「実質、A級が最高ランクということになるわ」という紅葉の言葉に、僕は奈々の顔を見つめた。

 確かに奈々は可愛いし、よく出来た妹だとは思っていたけれど、それが学園公認ともなるとお兄ちゃんとして鼻が高い。

 まあ、そのお兄ちゃんは真逆の底辺ランクなんだけどね。自分だけならまだしも、奈々のことを考えるともう少しマシにならなかったのかと思っちゃうなぁ。


「紅葉先輩褒めすぎですよぉ♪」

「い、痛いわよ!喜びながら叩かないでもらえる?!」

「お兄ちゃんとイチャイチャした罰ですよぉ♪」

「い、イチャイチャなんてしてないわ!私たちはただの友達よ……?」


 一瞬、不安を帯びた目でこちらを見てきた彼女に「うん、友達だよ」と頷いて見せると、少し嬉しそうな顔をしたものの、すぐに首を横に振って真顔に戻ってしまう。

 でも、奈々はそれを見逃さなかったみたい。「紅葉先輩可愛すぎですぅ♪」と撫で回したり抱きしめたり、挙句の果てには頬にキスしようとして脇腹に拳をねじり込まれていた。


「うぅ……紅葉先輩、お腹が痛いです……」

「バスケがしたい人みたいな言い方されても、悪いのはあなたの方だから。先輩を舐めてると痛い目に遭うわよ?」


 右手の拳を左の手のひらにぺちぺちとぶつけながら、お腹を押えてしゃがんでしまった奈々を見下ろす紅葉。

 いつもは見れない他人のつむじが見れているからか、どことなく楽しそうに見える。でも、さすがにやりすぎはよくないよね。


「紅葉、奈々のことあまりいじめないで」

「ちょっと……離しなさい!私は今取り込み中なのよ!」

「奈々も反省してるから許してあげてよ」


 紅葉の襟を掴んで2人の距離を空けさせた僕は、紅葉の頭を撫でながらそう伝える。

 なでなでの癒し効果があったおかげかは分からないけれど、涙目になっている奈々を見た彼女は、力を込めていた腕をだらんと垂らした。


「さすがにやりすぎたかもしれないわね……」

「わかってくれればいいんだ。そう言えば奈々、どうして初めは僕を名前で呼んでたの?」

「それは――――――――――――紅葉先輩をからかうためだよ♪案の定、私をお兄ちゃんの彼女だと思い込んで焦ってたみたいだし……ぷぷっ♪」

「やっぱりまだ痛い目に遭いたいようね!」

「紅葉、落ち着いて。これ以上奈々のことを傷つけたら、僕は紅葉と友達を辞めないといけなくなるから」


 飛びかかろうとする紅葉を押さえながらそう言うと、彼女は「えっ……」と言いながら動きを止める。


「や、やめるの……?」

「紅葉が落ち着いてくれるならやめない」

「…………こほん。落ち着いたわ、もう大丈夫」

「紅葉先輩、お兄ちゃんのこと大好きすぎじゃありません?」

「あなたがそれを言う?!いちいちうるさいのよ!」

「紅葉、すぐに怒らないでよ。奈々も火に油を注がないで、自分の教室に帰りなさい」


 八重歯を見せて「シャー!」と威嚇する紅葉に、奈々は耳元で何かを囁いてから、僕のポケットの中の飴を取って逃げるように校舎へと入っていった。

 あの飴、紅葉にあげようと思ってた最後の1個だけど、取り返すために追いかけるのも面倒だしいいかな。

 奈々が居なくなってから数秒後、僕らは疲れ果てたようにベンチに腰掛ける。この昼休みだけでよく分かったよ。奈々と紅葉が一緒になると、何故か僕が一番疲れるんだね。


「あなたの妹、噂に聞いていた優等生と同一人物だとは思えないわね……」

「いつもは僕と2人の時しか、本当の性格は見せないんだけどなぁ」

「なら、どうして私に対してはあんな態度なのよ。初対面で舐められてるってこと?」

「いや、紅葉にならあんな態度を見せても、言いふらす相手が他にいないからじゃないかな」

「なるほど……って、納得するわけないでしょう?!」


 その後、怒った紅葉の背中をベシベシと叩くという攻撃は、予鈴が鳴って『体育の着替えをしないといけない』ということを思い出すまで続いたのだった。

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