第30話

「瑛斗君♪お弁当は美味しいですか?」


 そう声をかけられて振り向くと、そこには見知った――――――というか、親の顔より見た妹の顔があった。


「あれ?1年生の教室って上の階だよね。わざわざどうしたの?」

「瑛斗君に会いに来たんですよ♪」


 そう言いながら、嬉しそうに頬を緩ませる奈々なな。他の学年の教室に入るのって緊張する(僕は入ったことがないから、人から聞いた話)のに、彼女からはそういう類の感情は一切感じられない。

 むしろ、僕とその周りに対して興味津々な目で、犬のようにキョロキョロと見回していた。


「なんちゃって!体操服を返しに来たんですよ♪」

「あ、そう言えば貸してたんだっけ。ちゃんと来てくれてありがとう」

「えへへ♪私の匂い、たくさんつけておきましたからね!」

「……周りの人に見られてるから、あまり大きな声で言わないで」


 なんだか、数人の男子から睨まれた気がする。その他のクラスメイトたちはポカンとしていて、白銀しろかねさんは微笑みながらこちらを見ていた。

 そして紅葉くれははというと――――――。


「えっ……どうして……?」


 宝くじに当たったと喜んでいたのに、よく見たら去年のだったことに気がついてしまった時のような顔をしている。ちょっとアホの子みたいで面白い。


「……どうして狭間はざまさんがあなたとイチャイチャしてるのよ!」


 ガタッ!と真っ赤な顔をしてイスから立ち上がる彼女。ほっぺについていたご飯粒がその勢いでどこかへ飛んでいった。

 実はさっきから気になってたんだけど、どのタイミングで指摘するのが正解なのかわからなくて困ってたんだよね。

 空気の読めるご飯粒で助かったよ。


「それに体操服を貸してたの?! そんな、瑛斗えいとの名前を見せびらかすなんてこと、付き合ってると勘違いされてもおかしくないわよ!」

「体操服に書いてあるのは苗字だよ?当たり前だけど、僕も狭間だから大丈夫」

「……あっ、そう言えばそうだったわね。…………って、何が大丈夫なのよ!大問題よ大問題!」


 机をバンバンしながら、カリカリと怒ってくる紅葉。一体何が大問題なのかは分からないけど、とりあえず糖分が切れちゃったことだけはわかる。

 飴、まだ余ってたかなぁ。


「あっ、あった。―――――あれ?」


 何とか飴を見つけ出して顔を上げると、奈々がいつの間にか紅葉に詰め寄っていた。

 こうやって2人が並んでるのを見ると、奈々の背がいつもより高く見えるね。逆に紅葉はいつもより小さく見えるけど。


「瑛斗君とは親しくさせてもらってるんですよ?それはもう恋人よりも深い関係で♪」

「そ、そうなの……へぇ……」

「キスもしましたし、一緒にお風呂だって入りました。残念ながら、体の関係はまだですけどね?」

「……まだ、なのね」

「あ、今ほっとしました?」

「し、してないわよ!変なこと言わないでもらえる?!」

「そんな可愛い顔して、先輩ってばさてはむっつりさんですね?」

「っ……し、知らない!」

「そろそろ勘弁してあげて。このままじゃ紅葉が熱暴走しちゃう」


 みるみるうちに耳や首まで真っ赤になっていく彼女を見て、さすがに止めた方がいいと判断した僕は、奈々の後ろ襟を引っ張って紅葉から引き離した。

 彼女も「あ、ありがと……」とぎこちなくお礼を言ってくれたし、間違ってなかったってことだよね。

 僕も女の子の気持ちが少しは分かってきたってことなのかな?


「うぅ……お兄ちゃん、いい所だったのに邪魔しないでよ!」

「いくら妹でも、友達が嫌がってたら止めるに決まってるでしょ?」

「お兄ちゃんの意地悪!……でも、その優しいところが大好き♪」

「抱きついてこないでよ、みんな見てるんだから」

「私はお兄ちゃんとなら、いくら見られても――――――――あっ、瑛斗君となら!」

「今更言い直しても遅いと思うけどなぁ」


 ノリノリで名前を呼んで来るのは、優等生を演じるためなのか、兄妹だとバレたくないのかのどちらかだと思ってたからあえて指摘しなかったけど、自分からボロを出しちゃったらどうしようもないよ。

 その証拠に、今まで睨んできていたクラスメイト達も、目の前にいる紅葉までもが、『えっ?!』という表情で僕らを見ていた。


が、あなたの妹だったの?!」


 まったく、奈々のせいで教室が騒がしくなっちゃったよ。やっぱり別の場所で食べた方が良かったかな。

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