第29話

「今日はどこで食べるの?」

「教室でいいんじゃないかしら。たまにはクラスのみんなに仲良くしてるところを見せておかないと、馬鹿にされそうだもの」

「僕は2人きりの方が落ち着くけどね」

「……どうせ私にはドキドキしないわよ」


 昼休みが始まって早々、紅葉くれはが不機嫌になってしまった。彼女相手だと、褒めたつもりなのに怒らせてしまうことが多い気がする。

 やっぱり、僕の中にある女の子像の大半を奈々ななが占めているのが悪いんだろうなぁ。


「そう言えば、次体育だよね。どこに行けばいいのか知ってる?」

「バスケットボールだから体育館ね」

「僕、まだ体育館の場所知らないや」

「一緒に行ってあげるから心配しなくていいわよ」

「ん?紅葉も体育館なの?」

「……どうして私を除け者にするのよ」

「いや、そういう意味じゃなくて―――――――」


 僕が前に通っていた学校は、男女体育は別々だった。もちろん、男女の体格差だとか力差も理由の一つだけれど、一番は体育中におかしなことをする男子が現れるからだと先生から聞いたことがある。

 他人の体に触りたいなら、男子同士で触っておけばいいのに。いくらでも触れるでしょ?


「ああ、そういうことね。春愁しゅんしゅう学園高校は恋愛格付制度があるから、行事でも男女を別々にすることはほとんどないわ」

「ああ、そっか。体育なんて異性に魅力を示す絶好の機会だもんね」

「あなた、そういうことはわかるのね」

「そりゃ、僕も男子だからね」


 「へぇ」と言いたげな表情の紅葉は僕がそう返すと、感心したように何度か頷いた。


「じゃあ、かっこいいところを見せたいと思ったこともあるの?」

「思う思わないより、できるかできないかだよ。ちなみに僕は出来ないし、したいとも思わないかな」

「前半の正論が後半で台無しよ。というか、そんなキメ顔で言われても響かないから」

「キメ顔じゃないよ。お弁当にりんごが入ってるから喜んでただけ」

「……わかりづらいわね」


 紅葉は小さくため息をつくと、弁当箱の蓋を開けて中身を口に運び始める。相変わらず彼女が自分で作ったとは思えないほど美味しそうなお弁当だ。


「そう言えば、紅葉ってお姉ちゃんいるんだよね?」

「ええ、いるわよ。話したことあったかしら?」

「ないと思う。でも、紅葉の家に綺麗な女の人がいるのを見た事あるって話したでしょ?」


 僕の言葉に「そういうことね」と頷いた紅葉は、続けて「それがどうかした?」と首を傾げた。


「お弁当美味しそうだから、あの人にも作ってあげてるのかなって思っただけだよ」

「ふふっ、もちろん作ってるわよ?2日に1回くらいだけど」

「2つも作るの大変そうだね」

「1つも2つも、内容が同じなら手間もそこまで変わらないものよ?」

「僕にはひとつも無理かも」

「……妹さん、こんなお兄ちゃんを好きなんてやっぱり変わってるわね」


 「愛想尽かされないのが不思議よ」と呟く彼女に「色々あったんだよ」と返すと、「……いろいろ?」と何かを探るような目で見つめられてしまった。

 何か勘違いされちゃったみたいだけれど、わざわざ僕から妹の辛い過去を話すのも気が引けるし、そもそも長くなりそうで少し面倒だからこのままにしておこうかな。

 そう思いながら、卵焼き(今日はだし巻き)を頬張った―――――――――その瞬間だった。


「瑛斗君♪お弁当は美味しいですか?」


 突然、横から聞き慣れた声が聞こえてきた。

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