第22話

 あれから結局約束の10分よりも5分長くマッサージさせられてしまった。

 「上手ですよ〜お店開けちゃいますね〜」なんてお世辞に乗せられた僕も悪いんだけど。

 でも、もし紅葉くれはに文句を言われたら先生に罪をなすりつけよう。そう心に決めつつ、早足で教室まで戻った。


「紅葉、お待たせ」

「……遅かったじゃない」

「ちょっと綿雨わたあめ先生に揉まされちゃってね」

「も、揉ま……?! ひ、人を待たせておいて何してるのよ!」

「頼まれたんだから仕方ないでしょ?先生も『気持ちよかったからまた頼むわね』って食堂の割引券くれたし」

「たったの20円引きじゃない!そんなので倫理観を無くしてどうするのよ……」


 紅葉の中ではマッサージが倫理的にダメなことになってるのかな。もしかすると、アニメでよくある『女の子にマッサージしたらちょっと際どい展開になる』みたいなのを想像しちゃったのかもしれないね。

 紅葉ってば、意外とむっつりさんなんだなぁ。


「心配しなくても大丈夫だよ。椅子に座りながらだったし、服の上から揉んだだけだから」

「椅子に……ってどんなプレイなの?!服の上からでも問題しかないわよ!」

「そんなに怒らないでよ。紅葉はマッサージに親でも殺されたの?」

「…………ん?マッサージ?」


 机をバンバンと叩きながら怒っていたはずの彼女は、僕の一言でキョトンと動きを止めた。


「うん、マッサージ。揉んだって言ったでしょ?」

「あ、そっちの意味だったのね……」

「他に何があるの?倫理観とかプレイとか言ってたけど」

「っ……な、何も無いわよ!今すぐ全部忘れなさい!」

「そんな簡単に忘れれるなら、何も困らないんだけどなぁ」

「……正論を返すんじゃないわよ」


 紅葉はため息をつきながら、椅子の背もたれに体重を預ける。どうやらお疲れみたいだね。


「何か見てたの?」

「ん?これのこと?」


 僕が指差すと、彼女は机の上に置いてあった学園デバイスを手に取った。わざわざ置いてあるってことは、使ってたってことだろうし。


「少し他の生徒のことを調べてたのよ」

「そんなこともできるんだね」

「転校してきた時に教えてもらわなかったの?」

「渡されただけだったよ。でも、周りの人のことが知れるなら役に立ちそうだね」

「そうね、私達みたいなぼっち以外には役に立つでしょうね」

「またそんなこと言って。僕は紅葉のことが知れるだけで十分だよ?」

「……それは直接聞いてきなさいよ」


 少し頬を赤くしながら、そっぽを向く彼女。言われてみれば、確かに本人に聞いた方が早いか。それにネットの情報は信用するなって、どこかの誰かも言ってたもんね。


「じゃあ、身長は?」

「そんなの聞いて楽しいの?」

「紅葉のこと、もっと知りたいからね」

「っ……笑わないでよ……?」


 上目遣いでそう念を押す紅葉に、僕が大きく頷いて見せると、彼女は一度深呼吸してから、聞こえるか聞こえないかくらいの声でぼそっと呟いた。


「……150.2」

「――――――――――プッ」

「ああ!今笑ったわね?!笑わないって約束したのに!」

「違うよ、込み上げてきた感情が口から漏れちゃっただけだから」

「それを笑うって言うのよ!」


 紅葉は椅子から立ち上がって、僕の胸をグーでポカポカと叩いてくる。脇腹やみぞおちじゃないからあまり痛くないなぁ。


「す、すぐにあなたなんて追い越してやるから!」

「ちなみに去年測った時はいくつだったの?」

「…………149.8よ」

「――――――――――プッ」

「殺す……確実に殺して大阪湾に沈めてやる……!」


 ガッと僕の服を掴んで揺らしてくる紅葉。身長を気にしているのは分かるけど、1年で0.4cmしか伸びていないというのだから、笑っちゃっても仕方ないと思う。

 まあ、怒らせちゃったのは事実だし、このままじゃ帰れないからね。ご機嫌くらいは取っとこうかな。


「でも、僕は紅葉くらいの身長が好きだよ」

「えっ……瑛斗ってロリコンなの?」

「ううん、紅葉だからかな」

「そ、それってつまり……?」


 僕を掴む手の力が少し弱まった。やっぱり褒め言葉って言うのは偉大だよね。


「僕、猫が好きなんだ。紅葉って小さくて猫みたいだから、法が許すなら飼いたいくらいだよ」

「ペットってこと?! 法が許しても私が許さないわよ!ていうか、そもそも法が許してないから!」

「毎日飴作ってあげるよ?」

「そ、それなら…………って、いいわけないでしょ?!せめて人間扱いしなさい!」

「ちょっと何言ってるか分からないかな」

「わかりなさいよ!」


 不貞腐れたようにこちらに背中を向けて椅子に座り直した彼女に、「ちょっと納得しそうになってたくせに」と呟くと、「私が飼う側なら考えてあげないこともないわよ?」と返された。


「それはやだよ、紅葉にこき使われるもん」

「あなたは私をなんだと思ってるの……?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る