第21話
「
「あっ、
放課後、とある用事で職員室に足を運び、目的の相手である僕の担任へ声をかけた。彼女は相変わらずぽわぽわ〜と笑うと、丁寧にお辞儀をしてくれる。
「学校にはもう慣れましたかぁ?」
「はい、おかげさまで」
「よかったぁ〜♪辛いこととかあったら、先生に相談してくださいね?」
転校生に対する社交辞令だろうけど、何かあったらお言葉に甘えて頼らせてもらうとしようかな。
まあ、初日のランクによる格差についての話を聞いた時点で、そこまで期待できないことは分かったけど。
「それで、何か用があったんですよね?」
「そうです。教科書代を忘れてしまって」
「あ〜、忘れ物はダメですよ〜?」
「めっ」と人差し指をピンと立てて注意してくる綿雨先生。少し眉を八の字にしているけれど、ふわふわした雰囲気のせいであまり怖くない。
「教科書代を貰えないと、教科書を渡せない決まりなんですよねぇ〜」
「それなら、家に取りに帰ります」
「あらぁ、それは結構な手間ですよね。愛しの生徒にそんなことはさせられませんよぉ〜」
「でも、そうなると明日も
2日連続全授業で机をくっつけてもらっているから、僕もさすがに白銀さんの勉強の邪魔になっているかもしれないと気にし始めていた。
もしテストの点数が下がっていようものなら、彼女の取り巻きに色々と文句を言われてしまうだろうし。
「それなら取引きをしましょう」
「取引き?」
「そうです」
先生は僕の問い返しに笑顔で頷くと、椅子をくるりと回してこちらに背中を向けた。
「教科書代は私が立て替えておきます。明日でも明後日でも、返せる時に返しに来てもらえれば大丈夫ですよ〜」
その代わり……と彼女は言葉を続ける。
「肩、揉んでもらえませんかぁ?」
「マッサージってことですか」
「はい、最近肩こりが酷くてぇ……」
「さっき、愛しの生徒に手間はかけられないって言ってましたよね?」
「それとこれとは別ですよ〜。使えるものは使う、それが私のポリシーですからぁ〜♪」
先生は、「はやくはやく〜」と自分の肩をポンポンとしながら急かしてくる。
確かに通学路を往復して戻ってくるのは面倒だと思うし、紅葉に教室で待ってもらっているからあまり時間はかけたくないんだよね。
その手間がマッサージで済むというのなら、僕にとっても悪い話ではないのかもしれない。
「わかりました、10分だけですよ」
「せめて1時間でお願いします〜♪」
「せめてを付けていい限度を考えてくださいね」
「冗談ですよぉ〜?真面目に返されると困っちゃいます……」
この人と話していると、どこか調子が狂ってしまう。きっと、毎度紅葉に対してしていることを、僕がされる側になっているからなのかな?
彼女は僕に対してこんな感情を抱いていたのかと思うと、少し申し訳ない気持ちになった。
でも、逆に先生の『楽しい』という気持ちの方がよくわかるから、反省してやめたりなんてしないけど。
「今、職員室には2人っきりみたいですね?こんなこと、今しか出来ないですよぉ♪」
「他の先生が帰ってくる前に終わらせますね」
「よろしくお願いします〜」
背中を向けたままぺこりとお辞儀をした綿雨先生の肩に手を置く。そして手のひら、関節、指先と順に力を入れて持ち上げるようにマッサージした。
「んっ……そこですそこ……あっ」
「こんなこと、妹にしかしたことないんですよね。痛かったりしませんか?」
「んんっ……大丈夫です、すごく上手ですよ〜気持ちいいです♪」
先生が艶やっぽい声を漏らした瞬間、職員室の奥の方から微かにガチャッというドアの音が聞こえた気がした。
誰か入ってきたのかと思って、資料の入った棚の隙間から覗いて見たけれど、誰かの姿が見えるという訳では無い。
もしかすると、既に居た人が出ていったのかな?
「なら良かったです。元気になったらバリバリ残業してくださいね」
「……なんだか癒されながら疲れさせられるって、とても複雑な気分ですねぇ……」
「死ななければかすり傷って言いますからね」
僕の言葉に、綿雨先生は「使い方が違う気がしますけどねぇ」と苦笑いを浮かべていた。
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