第18話

「落ち着いてきた?」

「ええ、おかげさまで」


 背中を優しく撫でること5分、昨日と同じ飴を食べさせてあげたのが良かったのか、紅葉はだんだんと元の調子を取り戻してきた。


「考えてみたら、恋愛格付制度なんておかしいわよね。機械が人間様の価値測ってんじゃないわよ」

「僕のF級と交換してあげれたら良かったのにね」

「それじゃあ、あなたが集られるわよ?」

「でも、紅葉にいちごミルクを買ってあげられるから。F級じゃ、好きなもので慰めてあげられないよ」

「……べ、別にいらないわよ。子供扱いしないでもらえる?!」


 紅葉はそう言いながら、飴の包み紙を丸めて僕の額にぶつけた。痛くはないけど、そんなに怒らなくてもいいのにとは思う。

 まあ、こういうところが彼女らしさだと思うから、否定したりはしないよ。


「付き合わせて悪かったわね、学校に行きましょうか」


 紅葉はベンチから立ち上がると、地面に落ちた包み紙を拾ってゴミ箱に捨てた。


「紅葉はえらいね」

「もしかしてバカにしてる?」

「褒めてるの」


 だって、自分で投げたゴミをちゃんと自分で拾って捨てるんだもん。普通だって言われるかもしれないけど、ポイ捨てする人も多い世の中だし。


「よしよし、よく出来ましたねぇ」

「ぜ、絶対バカにしてるわよね!?」


 優しく頭を撫でてあげると、今度は顔を真っ赤にして僕の手から逃げ出した。やっぱり触っていいのは泣いてる時だけなのかなぁ。


「紅葉って猫みたい」

「す、素直じゃないってこと……?」

「ううん、逃げられると追いたくなる」

「ふぇっ……!?」


 離れられた分、僕も紅葉に近付いて再度頭に手を伸ばす。いきなり迫られたからか、紅葉は後ろの自動販売機に背中をつけたまま、オドオドと僕の目を見上げていた。

 逃げようとしないのはいいってことだよね。僕は一人でそう納得して、彼女の頭を思いっきり撫でた。


「うぅっ……髪をぐしゃぐしゃにしないで……」

「あ、ごめん。紅葉の髪がすごく触り心地が良かったから」

「綺麗にするのに30分以上もかかるのよ?女心が分からない男子はこれだから……」

「でも、嬉しそうな顔してたよ?」

「えっ、うそ!?」


 驚いたように頬を手のひらで包み込むようにする彼女。僕はその様子を見て確信した。


「うん、嘘。でも、その様子だと少しは嬉しかったみたいだね」


 僕の言葉に紅葉は、「あ、あなたねぇ……」と恨めしそうな目で見上げてくる。


「今夜、物干し竿片手に部屋に乗り込んであげるから覚悟しときなさいよ」

「じゃあ、色々と片付けておかないとだね」

「……呑気ね、ほんとに」


 彼女は呆れたように溜息をついたあと、クスリと笑って握っていた拳をだらんと下ろす。お怒りは鎮まったらしい。

 でも、「色々って……何なのかしら」なんて呟くから、「なんだと思う?」って聞き返したら、思いっきり肩を叩かれてしまった。クイズ形式で楽しませようと思っただけなのになぁ。


 ただ、本当に来るつもりなら隠しとかないとだよね。――――――――大量の猫のぬいぐるみ。男のくせになんて言われちゃいそうだから。


「そろそろ本当に学校に行かないとね」

「そうね。一時間目を丸々休む訳にも行かないもの」


 ベンチに置いていたカバンを肩にかけて、公園の出口に向かって歩き出す僕たち。

 朝イチよりも少しだけ機嫌が良くなったらしい紅葉から、少し音のズレた鼻歌が聞こえてくる。本人は僕に聞こえてないと思ってるみたいだけど。

 そんな彼女の横顔を横目で見ながら、僕は今しかないとばかりに質問した。


「ほっぺ、触ってもいい?」

「……あなたのメンタル、どうなってるのよ」


 結局、先っぽですら触らせてくれなかったよ。

 紅葉はケチだなぁ、減るもんじゃないのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る