第19話

瑛斗えいとさん、転校2日目から遅刻なんてどうしたんですか?」


 1時間目の授業の中盤で学校に到着した僕は、その直後の休み時間、心配そうな顔をした白銀しろかねさんからそう聞かれた。


「ちょっと紅葉くれはと色々あってね」

「色々……というと?」

「それは秘密かな」


 紅葉を慰めていたなんて、さすがに本人の了承なしに言いふらすのは気が引ける。

 だから、『秘密』ということにしてはぐらかしたんだけど、白銀さんは眉を八の字にして僕を見つめていた。


東條とうじょうさん、瑛斗さんと一緒に来ましたよね?まさかとは思いますけど、色々なことというのはあんなことやこんなことでは……」

「ん?どんなこと?」

「や、やっぱりなんでもないです!い、今のは聞かなかったことにしてください!」


 慌てたように顔の前で両手をぶんぶんと振り回す白銀さん。出会って2日で言うのも変だと思うけれど、なんだか彼女らしくない気がするなぁ。


「ちなみにお聞きしますが……付き合ってるなんてことは?」

「ないない、だって紅葉だよ?」

「そ、そうですよね!あの東條さんですもんね!」

「……どういう意味よ」


 気がつくと、紅葉が僕の背後に立っていた。ホラー映画なんかだと、僕は多分もう画面に写ってないんだろうなぁ。なんて思いながら、振り向いて彼女を見上げる。


「紅葉、あまり音もなく後ろに立たれるとびっくりしちゃうよ」

「……その割にすごい真顔ね」

「真顔だけどすごく驚いてるよ。僕の心臓の音、確かめてみる?」

「え、遠慮しとくわ……って、そうじゃなくて!」


 紅葉は「また瑛斗のペースに流されるところだったわ……」と呟いて、何度か首を横に振ってからまた僕の方に視線を戻した。


「あそこまで交際を否定されるほど、私に魅力がないってこと?」


 彼女は腰に手を当てながら、不満そうに見下ろしてくる。紅葉が立っていて、僕が座っているからだけど、見下ろされる感じは新鮮だなぁ。

 この方が紅葉の猫のようなつり目にも似合ってるし、普段から底が10cmくらいある下駄でも履いていてくれればいいのに。

 いや、見下ろすなら25cmは必要なのかな?


「そういうつもりで言ったわけじゃないよ。僕にはもったいないくらいってこと」

「っ……う、うそよ!」

「嘘つく意味がないと思うけど。実際、紅葉はたくさん魅力を持ってるし」

「た、例えば……?」

「ほっぺがぷにぷにしてそうなところとか」

「……嬉しくないわね」


 紅葉はそう言いながらも、自ら自分の頬を指でツンツンと触って、「少し太ったかしら」と勝手に落ち込んでいた。

 僕から見れば、紅葉は細い方だと思うけどなぁ。


「白銀さん、紅葉ケチなんだよ。ほっぺ触らせてってお願いしたら怒るんだ」

「あら、それは少しケチですね?私ので良ければどうぞ♪」

「えっ、いいの?」

「はい!好きにしてもらって構いませんよ?」


 白銀さんがそう言いながら顔を近付けてくれたから、僕はお言葉に甘えさせてもらうことにした。

 右手の人差し指で彼女の色白の頬をツンツンとすると、少しくすぐったそうに首をすくめる。

 続いて指の腹で撫でるように動かしてみれば、気持ちよさそうに目を細めて微笑んでくれた。


「ちょ、な、何してるのよ!」

「何って、頬を撫でてるだけだよ?」

「そ、そんな距離で……」


 紅葉が文句を飛ばしてくるけど、頬を触るくらいで大袈裟だなぁ。街でキスしてるカップルなんて見た日には、叫びながら町内マラソンでもするんだろうか。


「これくらい、コミュニケーションをとるなら普通の距離だと思うよ?」

「女の子の頬を平然と触ることのどこが普通なのよ!」

「じゃあ、紅葉が触らせてくれればいいのに」

「私も女の子なのだけれど!?」

「あ、そっか」

「……一発殴ってもいいかしら」


 紅葉は握りしめた拳を振り上げるまで行ったものの、ピタッと動きを止めてその手を下ろす。

 それから何やらモジモジし始めたかと思うと、僕の方にすすすっと寄ってきた。少し頬が赤くなっている気がする。


「私が触らせれば、いいのよね?」

「触らせてくれるの?」

「と、特別に……少しだけだから!」

「あー、別にいいかな。白銀さんのおかげで満足しちゃったし」

「……私の勇気を返しなさいよ」


 僕の言葉に「お役に立てて光栄です!」と微笑んでいる白銀さんを、紅葉が一瞬だけ睨んだような気がした。

 2人とも、僕の平和な高校生活のためにも仲良くしてよね。

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