第16話

 ガチャッ!と窓に鍵をかけて、シャッとカーテンを閉め、そのまま物干し竿と共にベッドにダイブした。

 その際に壁にガリッとやってしまって、「あっ」と思ったけど、今はそれをどうこうできる気分じゃない。


 狭間はざま 瑛斗えいとめ……私の心を弄びおって……。


 友達初心者な私には、友達というのがどういう距離で話すものなのかが分からない。でも、面と向かって『かわいい』なんて、平然と言っていいものじゃないことだけは本能が告げていた。

 正直、ベランダ同士で会話できるなんてこんなアニメみたいな展開には、今も心が踊り続けている。

 彼があまりにも表情に出さないから、私だけ喜ぶのも……と素直にはなれなかったけれど、友達としての距離が縮まった気がして嬉しかった。

 だとしても、かわいいとか先っぽだけとか、いかにも思わせぶりな事ばっかり言われると……。


「勘違いしてまうやろがい!」

「くーちゃん、大丈夫〜?」

「お、お姉ちゃん!?」


 悶えながら枕にグーパンチしたのと同時に、いきなり姉が部屋へと入ってきた。もしかして……聞かれてた?


「は、入ってくる時はノックしてってあれほど……」

「だって、くーちゃんの部屋から変な音が聞こえてきたから。お姉ちゃん心配で心配で……」


 そう言いながらこちらに近付いてきて、ベッドの横の壁を眺めるお姉ちゃん。この人こそ、瑛斗が『年上のお姉さん』と言っていた正体。

 つい最近、部屋を交換して欲しいと言われて、仕方なく交換したところなのだ。……3万円で。

 腕を組みながら壁を観察するその様は、私より遥かに大きな胸が強調されて……確かにこの横顔は綺麗だ。


「壁紙、ちょっと破けちゃったね〜?犯人はその棒かな?」

「え?あ、こ、これは……」


 慌てて物干し竿を背中に隠そうとするけれど、私の身長より長いそれを隠しきるなんて不可能で、「弁慶みたいになってる〜」と笑われてしまった。


「くーちゃん、何かあったの?」

「お、お姉ちゃんには関係ないから……」

「ってことは、何かあったにはあったんだ?」

「揚げ足とるみたいなこと言わないでよ!」


 だめだ、初めて出来た友達に思わせぶりなこと言われて、異性だと意識しちゃってるなんて知られるわけにはいかない。

 瑛斗だって私のことはなんとも思っていないだろうし、私も好きとかそういうのじゃない。ただ、友達としての関係に喜びすぎて、その限界リミッターが外れちゃってるだけ。

 だから、友達としての関係を続けていけば、きっと慣れてなんとも思わなくなるはずなのよ。


「ふむふむ、『瑛斗を惚れさせる方法』ねぇ〜」

「ちょ、ちょっとお姉ちゃん!?勝手に読まないでよ!」


 私は机の上に置いてあったノートを勝手に読み始めた姉の頭に物干し竿を振り下ろし、怯んだところで奪い返した。

 ……あいつのせいですっかり忘れてたわ。私が勉強と称してまとめてた、『白銀しろかね 麗子れいこに勝つ方法』を書いたノートの存在。

 こんなの、学園長から与えられた課題について知らない人から見たら、私が恋する乙女みたいに思われちゃうじゃない。黒歴史もいいところよ。


「いてて……お姉ちゃんを殴るとは何事かぁ……」

「そ、それに関してはごめんなさい。でも、人のノートを勝手に読む方が悪いから!」

「くーちゃんは知らないのね。テストはカンニングさせた方が悪いの法則を」

「悪の正当化しすぎじゃない!?って、これはテストじゃないし!」

「恋は人生における自己価値のテストよ」

「そんな凛々しい表情で言われても響かないよ!そもそも恋じゃないってば!」


 散々否定し続けているのに、我が姉ときたら「恥ずかしがらなくてもいいんだよ〜?」と頭を撫でてくる始末。

 お姉ちゃん、優しいところは大好きだけど、お節介すぎるところがあるのが玉にきずなのよね。そのせいで最近彼氏に振られたらしいし。

 部屋を入れ替えさせられたのも、彼氏の匂いが残ってそうな部屋だと、悲しくて寝れないからなんだとか。だからって私に押し付けられてもって感じだけど。

 とりあえず、こうなったお姉ちゃんは何を言っても慰めてくるから、私ももう半分諦めモード。とりあえず、瑛斗をチャチャッと落として見せつければ、ノートの真意にも気づいてもらえるだろうし。


「お姉ちゃん、もういいから出てってよ。元カレの匂いうつるよ?」

「あ、その件はもういいの〜。私、新しい彼氏出来たから」


 ……ん?この人、今なんて言った?彼氏に振られて、悲しみも癒えていない1週間ほどの期間で聞かされる言葉じゃなかった気がする。


「お姉ちゃん、もう一回言ってくれる?」

「だから〜、新しい彼氏が出来たの♪」

「…………爆ぜろリア充」


 この後、黒歴史ノートの角でシナプスをバニッシュメントしたことは言うまでもない。

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