第13話
学校から出た後、紅葉は同じ方向なら途中まで一緒に帰ると言っていたものの、何故かずっと隣を着いてきていた。
「ねえ、紅葉。堂々とストーキングするのは感心しないよ?」
「そ、それを言いたいのは私よ!どうしてずっと同じ方向に行くのよ……」
曲がり角が来る度に、どこかそわそわとする彼女。そんなに早く僕と離れたいなら、一緒に帰るなんて言わなければよかったのに。
そんなことを思っているうちに、学校から徒歩15分ほどの場所にある家が近付いてきた。次が最後の曲がり角だ。
「じゃあ、僕はこっちだから」
「ようやく別れたわね。私はこっちよ」
僕の家はここを左に曲がったところにあり、紅葉の家まではまだ今の道を真っ直ぐらしい。
「じゃあ、また明日ね」
「あっ、先に言われ……っなんでもないわ。明日も私の寂しさを紛らわすためにちゃんと来なさいよ」
「うん、勉強するために行くよ」
「……いちいち言い直すあたり、ほんと憎たらしいわね」
紅葉は小さくため息をつくと、結局「また明日」と口にして歩いていった。
こういう時って見えなくなるまで見送るべきなのかな。でも、田舎からたまに来てくれるおばあちゃんじゃあるまいし、そこまでする必要は無いか。
そう思って、まだ紅葉の背中が見えているうちに曲がり角を曲がってしまった。そして2軒目にある我が家のインターホンを鳴らす。
しばらく待って、返事が来ないのを確認してからもう一度。すると、ようやく中にいる人物が反応してくれた。
『あっ、お兄ちゃん?すぐ開けるね!』
プツッと音声が切れてから数秒後、鍵を開く音が聞こえ、扉が勢いよく開く。僕はそれが鼻先に当たりそうになるのを、顎を引いて避けた。
「おかえりなさいっ!」
満面の笑みで飛び出し、そのまま抱きつこうとしてくる彼女の額にデコピンして、怯んだところを腕を引いてリビングまで連れていく。
優しくソファーに座らせると、彼女は額を押さえながら「お兄ちゃんはいつもつれませんな〜♪」とニタニタ笑った。
「
右手の人差し指をピシッと立てながらそう注意している相手、身にまとっているものがバスタオル1枚だけの格好をしている彼女は、僕の妹の奈々だ。
歳は僕より一つ下で、学年は高一。この年頃の女の子は兄に対して嫌悪感を抱くものだと聞いたけれど、奈々は例外だった。
彼女は高校受験が終わって進学先が確定した頃、彼氏に散々な振られ方をされたのが原因で一時期引きこもりに。
僕はそんな奈々を元気づけるために、母さん命令でよく部屋に送り込まれていた。
その度に話を聞いて、頷いて、時にはアドバイスもして……なんてしているうちに、彼女は高校生になったのを機に学校に行けるようになった。
僕が吹き込んだ想像の中での『陽キャ』と呼ばれる人種を実践したら、なんと引きこもりから一転クラスの人気者になれたらしい。
奈々は元々顔は可愛いし、兄としての色眼鏡かもしれないけど性格だっていい子だから、難しいことじゃないと信じていた。
ただ、いきなりのキャラ変は無理があったらしく、高校に入学した1週間後のあの日から、反動で家ではブラコンモードが通常運転になってしまったのだ。
『お兄ちゃんのおかげで学校に行けるようになった』という気持ちが強く根付いているのが原因みたいだけど、僕からすれば全部奈々自身の力だと思うんだよね。
僕がしたことと言えば、ただ話を聞いてあげたくらいだから。
「えへへ♪以後気をつけま〜す♪」
元気よく右手を上げながら、そう宣言してみせる奈々。このセリフを聞くのはもう何度目なんだろう。
「そんなことよりぃ〜♪お兄ちゃん、学校はどうだった?」
「んー、普通かな。仲良くしてくれる人は見つかったけど」
「おお〜!さすがお兄ちゃん、手が早いね♪」
「奈々、それ意味違うから」
紅葉が聞いたら、きっとまた顔を真っ赤にして怒っちゃうよ。
……でも、必死に否定する紅葉はちょっと面白そうかも。宥めるのが面倒くさそうだから絶対にしないけど。
「お兄ちゃん、F級だったんだよね?転校生がF級だって、1年生でも噂になってたよ?」
奈々はそう言って、少し心配そうな目を向けてくる。
彼女がこう言うのは、彼女自身が僕と同じく春愁学園高校に通っているから。恋愛格付制度についてよく知っているからこそ、僕の置かれている状況の深刻さが分かるのだろう。
「うん、お兄ちゃんがこんなでごめんね。奈々まで変なこと言われたりしてない?」
「ううん、奈々は大丈夫だよ。でも、お兄ちゃんの悪口言う人がいるのが辛いかも……」
「奈々は優しいね。お兄ちゃんの心配はしなくていいから、悪口言ってる人に言い返したらダメだよ」
僕がそう言いながら頭を撫でてあげると、奈々は不安そうな表情をぱっと晴れさせて、「りょうかいしましたっ!」と敬礼した。
「服もそれくらい素直に着てくれたらいいんだけどね」
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