第12話

 これは、瑛斗えいとが目を覚ます少し前のお話。


東條とうじょうさん、少しいいですか?」


 他のクラスメイトと同じタイミングで帰ると、一人で歩いているところを見られてしまう。

 それを気にして教室でぼーっとしていた紅葉くれはは、ようやく帰ろうと立ち上がったところで引き止められた。

 声の主は先程から一人ひとりの机を雑巾で拭いて回っていた白銀しろかね 麗子れいこ。紅葉は少しずつ自分の机に近付いてくる彼女を鬱陶しく思っていた。


「何よ、もう帰りたいのだけれど?」

「それはごめんなさい。でも、少しだけお話がしたくて」

「私はしたくないわね」

「そんな事言わないで下さい。これは瑛斗えいとさんも関係するお話ですから」


 麗子がその名前を口にした途端、すぐにでも立ち去ろうとしていた紅葉くれはの動きが止まった。


「お話、聞いていただけますか?」

「……聞くわ」

「ふふ、ありがとうございます」


 わかりやすくて可愛らしい人だ、と麗子は心の中で微笑む。


「私、瑛斗さんから東條さんと仲良くするようにお願いされたんです」

「はぁ?何よそれ、まるで私が1人で寂しがっているみたいじゃない」

「そんな風には思っていませんよ?ただ、お願いされた以上は行動しない訳には行かないと思いまして……」


 やっぱり印象の悪い女だ。話していると、自分が見下されているように感じてしまう。……と、紅葉はイスから立ち上がって半歩離れる。

 本当はもっと距離を取りたいくらいだけど。


「私もできることなら、東條さんと仲良くしたいんです。でも、貴方は私を嫌っているようなので」

「それはお互い様じゃない?」

「…………それはどうでしょう?」


 明らかな間があった。それはつまり、嫌いではないと言いきれなかったということ。もはや嫌いだと言っているのと同義。


「白銀 麗子、あなたはS級なのよ?なのに、どうして自分より下の人間に優しくするの?」


 紅葉にとって、それはずっと抱えていた疑問だった。自分には絶対に出来ない『誰にでも笑顔を見せる』という行為は、彼女からすれば愛想を振りまいているようにしか見えなかったから。


「下も上もありませんよ、みんな人間ですから。私はただ、皆さんと仲良くしたいだけで……」

「それは嘘よ。だってあなた、結局仲良くなれてないじゃない。客観的に見ていればわかるわ、あなたは周りからS級の蜜を吸われてるだけなのよ」


 紅葉の言葉は、麗子にとって胸の一番深くに刺さるものだった。

 自分でも分かっている。自分の周りに本当に友達と呼べる人がほとんど居ないことなんて。

 S級になる前は仲良くしてくれていた友達は私を避けるようになり、代わりにチヤホヤするだけの取り巻きが生まれただけ。

 東條さんはある意味そこに当てはまらない、私にとって新鮮な関係を築ける相手かもしれない。

 でも、やっぱり私にも好き嫌いはある。人間だもの。


「……ふふっ、ぼっちの東條さんにしか分からないことですね、それは」

「ようやく本性を見せたわね、猫被り女」


 麗子は人間関係を大事にしたかった。だから、自分よりも下のランクの人にも優しくして、それが自身のためになることを願った。

 紅葉は人間関係なんて不必要だと思った。だから、寂しくても一人を貫いて、余計なしがらみを作る周りの人間を忌み嫌った。

 正反対の価値観を持った2人が突き合わせられれば、それは和解も友情も生みはしない。

 そこにあるのは、互いを嫌い自分の方が正しいと信じて疑わない2つの心だけだ。


 ピロン♪


 2つのデバイスが通知音を奏でる。生徒手帳代わりの学園デバイスにメッセージが届いたらしい。

 その内容は以下の通りだ。

 ―――――――――――――――――――――――


 このメッセージはS級の女生徒にのみ届いている。キミたちのランクにも関わることなので、必ず目を通すこと。



 本日転校してきた『狭間はざま 瑛斗えいと』について知っている者もいくらかいると思う。

 F級という判定が出たことで、彼が初日から被害を受けたことも、ボクの耳に入ってきている。

 しかし、彼は本来C級に属するポテンシャルを持っているはずなのだよ。たった一つのステータスを除いて。

 そのステータスが『恋愛無関心度』。要するに、異性に興味がないってことだね。

 ボクはとある事情で彼に『恋愛禁止』という条件を出しているんだ。つまり、狭間 瑛斗は恋愛をすれば契約違反で罰される。

 ここまで言えば、S級の賢いキミたちならもう分かるよね?


 狭間 瑛斗に恋愛感情を芽生えさせること。


 これはかなり難しいことだよ。だから、達成した生徒には特別にSS級の称号を与えようと思う。周りのS級よりも上だと証明できるんだ、悪くない話だろう?

 それじゃ、いい報告を待ってるよ。チャオ〜♪


 ―――――――――――――――――――――――


 紅葉と麗子は学園長から直接送られたそれを確認すると、同時にニヤリと笑った。

 どうして学園長が彼の恋愛事情に手出しするのかはわからないけれど、これほどまでに都合のいいイベントはなかなか起きないだろうから。


「……勝負、しますか?」

「もちろんよ。あなたなんかに負ける気はしないもの」


 お互いがお互いの信じるものに優劣をつけるための戦いが、今、静かに幕を開けたのだった。

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