第9話

 僕は教室までの廊下で、紅葉くれはに色々な質問をした。『身長は?』とか『靴の大きさは?』とか、『紅葉って手小さいね。僕と比べてみる?』とか。

 途中で真っ赤な顔をした紅葉に、「どうして私の事ばかり聞くのよ!」って怒られちゃったけど。

 一応友達1号なんだし、それくらい教えてくれてもいいと思うんだけどなぁ。


「あら、瑛斗えいとさん、おかえりなさい」


 教室に入ると、白銀しろかねさんが笑顔で迎えてくれた。どうやら取り巻きは今はいないらしい。


「もうお友達ができたんですね!」


 「すごいです!」と褒めてくれる彼女。僕は褒められるとそこで満足しちゃうタイプだから、あまり褒めないで欲しいんだけど。


「貴方は確か……東條さんですよね?」

「っ……」

「あれ、紅葉?どうかした?」


 白銀さんが話しかけると、紅葉はそっぽを向いて僕の背中に隠れてしまった。


「もしかして私、嫌われてるんですかね……」

「そんなことはないと思うけど。紅葉、白銀さんに失礼だよ」


 前に出るよう促すも、頑なに僕の影から出ようとしない。さっきまでの彼女とは打って変わって、まるで人慣れしていない猫みたいだ。


「瑛斗、こっちに来て」


 紅葉は突然身を翻すと、僕の襟首を掴んで引っ張った。引きずられていく僕に、白銀さんは手を振りながら「また後で!」と微笑んでくれる。


「紅葉、苦しいよ」

「うるさいわね、死んでないんだからいいじゃない」

「ていうか、いきなり呼び捨てなんて大胆だね」

「あなたがそれを言う!? 別に友達を名前で呼びたかったとか、そういうのじゃないわよ……?」


 そう言いながら、俯きがちに両手の人差し指をつんつんと突き合わすのを見て、僕は「あ、呼びたかったんだ」と察した。


「それにしても、あんな態度は白銀さんに失礼だよ。謝りに行かないと」

「私、あの女は無理。S級のくせに低ランクに笑顔振りまいて、何考えてるのか分からないから」

「紅葉」


 そっぽを向いて不貞腐れる紅葉の頭にポンと手を乗せると、彼女は少し頬を赤くして僕を見上げた。

 何かを期待するように揺れる瞳。まるで宝石のように綺麗なその奥には僕の姿が写っていて。


「瑛斗、私―――――――――――」

「ねぇ、白銀さんがS級って本当?」

「――――――――へ?」


 自分でそう言ったのに、とぼけたような顔をする紅葉。その頬からは、赤みは完全に消えていた。


「白銀さん、優しい人だとは思ってたけどまさかS級だとはね。りんごジュースの予約の件、彼女に頼んでも引き受けてくれるかも」


 僕がウキウキしながらそう口にすると、紅葉は「あ、そう……」と呟いて半歩後ろに下がる。


「紅葉、どうしたの?怖い顔してるけど」

「あなたが私を怒らせるからでしょ!?くたばりなさい!」


 彼女は叫ぶようにそう言って、僕の腹めがけてパンチしてきた。力はそこまで強くないけど、当たりどころが良くなかったらしい。


「うっ……紅葉、痛いよ……」

「ふんっ、これ以上痛い目に会いたくないなら、思わせぶりな態度はとらないことね」


 ぷいっと顔を背けて教室に戻っていく紅葉。思わせぶりな態度というのが、一体なんのことなのかは分からないけど、きっとどこかで地雷でも踏んでしまったんだろう。


「白銀さんはいい人だから、きっと紅葉とも仲良くしてくれるはず。そうすれば彼女だって、もっと楽しそうに過ごせるよね」


 痛む腹を撫でながら、僕も教室の中に入る。1人で机に向き合っている紅葉を横目に自分の席に戻り、綺麗な姿勢で読書をしている白銀さんに声をかけた。


「白銀さん、ちょっといいかな?」

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