第8話

「そうだ、食堂の場所を教えるのも兼ねて、ジュースを買いに行くのに着いてきてもらえる?」

「そういうことならもちろんだよ」

「話が早くて助かるわ」


 そんな会話があって、どこかウキウキしたような紅葉くれはに連れられた僕は、現在進行形で食堂に続く廊下を歩いている。


「紅葉、なんだか嬉しそうだね」

「そ、そんなことないわよ?普通よ、ふつう!」

「そうかなぁ?すごく食堂が好きな人に見えるけど」


 僕の呟きに「あ、そっちなのね」と苦笑いを浮かべる彼女。そっちじゃないなら一体どっちなのだろうか。

 そんな疑問を抱えながらも、僕らは他とは雰囲気の違う開けた空間にやってきた。

 机やイスが大量にあり、食券をラーメンやカレーなどと交換してくれる場所、ジュースや唐揚げなどを売っている売店があるということは―――――。


「ここが食堂よ」

「やっぱりそうか」


 まあ、逆に他になんだと思う?なんて聞かれても『フードコート?』と答えて『店ひとつも入っとらんやないかい!』なんてつまらないツッコミをされる未来しか見えないけど。


「ジュースは売店に売ってるわ。種類もなかなか多いのよ?」

「本当だね。紅葉が好きなのはどれ?」

「私はこれよ。いつも同じのを買ってるの」


 彼女はそう言いながら、スケルトンな冷蔵庫からいちごオレを取り出して見せた。


「いちごかぁ、僕はりんご派だなぁ」

「あなたの好みは聞いてないわよ」

「僕も紅葉の好みに興味は無いかな」

「じゃあ、どうして聞いたのよ」

「社交辞令」


 紅葉は「思った以上に面倒臭い奴ね……」と横目で俺を睨むと、レジのおばちゃんに向かって「いつものもらえる?」と聞いた。

 おばちゃんは笑顔で「はいよ」と頷き、レジの乗っている机の下から何かの小さな袋を取って差し出す。


「それは?」


 初めて見る代物だ。パッケージのデザインからして、駄菓子の類だと思うけど―――――。


「これは、食べるとパチパチと言う音が鳴るお菓子よ。今は店でもあまり売ってないけど、特別に取り寄せてもらってるの」

「そんなことが出来るの?」

「ええ、S級の特権みたいなものよ」


 紅葉はそう言って、少し得意げに胸を張った。S級の特権ということは、僕には無理ということだ。少し残念だけど、そこばかりは諦めるしかない。


「他にも、ランクによっては買えない商品だってあるのよ?恋愛格付制度を取り入れてるだけあって、ランクによる優劣は多少あるということね」


 紅葉はそう言うと、商品棚に並ぶパンや飲み物をぐるりと指差した。


「値札の所に、アルファベットが書いてあるでしょ?EならE級以上、BならB級以上、それよりも下のランクでは買えないの」


 僕も一通り確認してみたけど、F級でも買えるものは並んでいる商品のうちの1割程度しかないらしい。

 この学校に通うにあたって、全く使用しないということもないだろうし、少しは支障が出てしまうかもしれないなぁ。


「あ、でもりんごジュースは全ランク購入可能だってさ。よかったよ」

「あなたはお気楽でいいわね……」


 りんごジュースをレジに出してお金を払うと、後ろから紅葉の呆れるようなため息が聞こえてきた。

 僕にとっては、りんごジュースが買えるだけでランクなんてどうでもいいと思えるレベルなんだけど。人によって価値観が違うと言うのはこういうことなのかな。


「商品の予約も高ランクが優先されるのよ。もし他のランクにりんごジュース好きが現れて、買い占められたら終わりね」

「その時は土下座して譲ってもらうよ」

「……プライドってものがないのかしら」


 からかうように例え話を持ち出した彼女も、僕の言葉に若干引いたような目をした。

 こちらからすれば、りんごジュースが飲めないことはテスト開始後にシャー芯が入っていないことに気付くのと同じくらいの一大事。

 プライドのことなんて考えている余裕はないのだから。


「まあいいわ。他にも教えることがあるから、戻りながら話しましょうか」

「うん、僕も聞きたいことは山ほどあるよ。もしかしたら放課後もしばらく帰さないかも」

「そこは明日に回しなさいよ。放課後は私の自由な時間なんだから」

「ん?用事でもあるの?友達いないのに」

「……あなた、1回殴られてみない?」


 紅葉はそう言いながら、飲み終えたいちごオレの紙パックを握りつぶし、それを僕の額に投げつけた。

 少し痛かったけど、殴られる代わりと思えばなんてことは無い。

 ちょうど飲み終えたりんごジュースのパックと一緒にゴミ箱に放り投げ、2人で食堂を後にした。

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