第3話

「あなたが今日から転校してきた、狭間はざま 瑛斗えいと君ですね」


 学園長室を出たところで、そう声をかけられた。

 相手は20代前半くらいの女性、首にかけられている赤い紐のついた名札から、教師であることが分かる。


「はい、あなたは?」

「私はこれからあなたが仲間入りするクラスの担任です。綿雨わたあめ 美里みさとって言います、よろしくね」


 そう言ってぽわぽわ〜っと笑う彼女は、名前の通りとてもふわふわした雰囲気の先生だ。

 担任が優しそうな人で安心する反面、こんな人で務まるのかという不安も感じてしまう。

 でも、それは変えようのない事実なわけで、僕は「よろしくおねがいします」とだけ言って彼女について行った。



 4階まで階段を上り、少し歩いたところで美里先生は足を止める。見上げてみれば、2年A組のプレートが吊るされているのが見えた。


「あなた、F級なのね。大変だと思うけど頑張って」


美里先生はそう言って励ましてくれるけど、ランクが低いと何か悪いことでもあるのだろうか。確かに就職に不利になってしまったかもしれないけど、それはこれから変わり得るらしいし。


「F級の生徒は全校生徒でも1割もいないのよ。だから、自然と他の子から悪い意味で目をつけられちゃったりしてね……」


困ったように言いつつも、それ自体を問題視しているようには見えない。そこまで深刻ではないということなのか、それとも解決するのが面倒なのかな。


「ここがあなたの教室。1年間仲良くする仲間達への挨拶をしてもらうから、呼んだら入ってきてね」


 美里先生は「ふぁいとっ!」と軽くガッツポーズをした後、丁寧に教室の扉を開けた。

 同時にチャイムが鳴り、いくつもの足音や椅子を引く音が聞こえてくる。


「はーい、皆さん席に着いてくださいね」


 欠席している生徒の確認、少しばかりの先生の小話。教室の外からそれらを聞いていると、転校してきたという実感が湧いてきて、少しだけ緊張してきた。


「では、ここで皆さんに重大発表があります!」


 話長いなぁ、と呆れていた生徒たちも、このセリフには少しばかり前のめりになる。


「今日から、このクラスの仲間が1人増えます!」


 教室中が『おおおおお!!!』っと湧き上がった。美里先生はここだと言わんばかりに、こちらに向けて手招きをしてくる。出てこいということだろう。

 でも、クラスメイト達が「イケメンかな?」だとか、「可愛い子じゃね?」だとか、口々に言っているせいですごく出づらい。

 転校生なんて滅多にないレアキャラが、僕みたいなのだという事実を申し訳なく思ってしまった。


「狭間君、どうしたの?」


 なかなか出てこない僕を見兼ねて、美里先生がこちらにやってきた。心配そうな目で見られている。


「僕、美少女になってから出直してきます」

「それじゃ、一生出て来れないわよ?ほら、みんなも待ってるからっ!」


 ぽわぽわした雰囲気の割に意外と強い力で引っ張られ、僕はついに教室へと踏み込んでしまった。

 クラスメイト達の視線が一気にこちらへと集まる。


「えっと、狭間 瑛斗です。よろしくお願いします」


 ごく普通のあいさつ。そして拍手も聞こえてこない、しんとした教室。やっぱり美少女になってからの方が良かったんだよ。

僕がため息をつくのと同時に、ピコン♪という音が聞こえてくる。それもいくつも連続で。何かの通知音だろうか。

クラスメイト達は慣れた手つきでポケットからスマホに似たデバイスを取り出すと、今届いたメッセージに目を通した。そして。


「こいつ、F級かよ!」


その一声をきっかけに、教室は爆発的に騒がしくなる。


「F級の転校生ってなんだよ!」

「転校生って言うから期待したのになぁ!」

「すごい普通の顔じゃない?よく出てこられたわよね」


 ああ、またこれだ。僕はこの雰囲気を知っている。去年の高校入学の時も、『難関校にギリギリ落ちたヤツが来る』なんて噂を流され、それが僕の事だとわかるとみんな『普通だ』とバカにしたのだ。

 テストでいい点をとっても『難関校目指してたくらいなら当たり前』と見向きもされず、調子が悪かった時には『こんな奴が難関校?』と笑われた。

 転校すればそんなことはもうないと思ってたんだけどなぁ。

 気持ちが段々と落ち込んでいくにつれ、視線も少しずつ下がっていく。そんな様子に気づいてくれたのかもしれない。1人の少女が立ち上がった。


「黙りなさい!」


 その一言で、教室は静寂に返る。真紅のツインテールに猫を想起させるつり目、小さめの体にピッタリと合わせられた制服、短くされたスカートとニーソックスの間から覗く太ももは女性という印象を強く発し、一目見ただけでそこらの女子とは何かが違うと分かった。

 そんな彼女は、コツコツと足音を立てながら教室前方まで歩いてくると、僕の目の前で堂々と胸を張って見せる。


「私は東條とうじょう 紅葉くれは、学園認定S級よ。仲良くしましょう」


 どことなく胡散臭い笑顔を浮かべながら、右手を差し出してくる彼女。握手を求めているのだろうか。

 でも、さっき緊張した時に手汗が――――――。


「よろしくね。でも、ごめん。握手はできない」

「そ、そう……断るのね……」


 いきなり気持ち悪いやつだと思われるのも嫌だからと、上手く断ることにした。東條さんも納得してくれたらしく席に引き返してくれたし、いい人そうで良かったよ。

 向こうから話しかけてくれたってことは、後で学校のことでも聞いていいのかな?教えてくれるといいけど。

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