第4話
朝のホームルームを終え、1時間目が始まるまで少しだけ時間が空いた。
でも、教室の窓際1番後ろの僕の机の上にあるのは、筆箱や教科書ではなく、掃除用具入れの中にあったはずの濡れたモップと水がたっぷり入ったバケツ。
転校初日にして、僕はF級を理由にいじめられた。
楽しく生活したいだけなのになぁ。
心の中で呟いても、あのC級らしいチャラ男とD級らしいギャルには届かない。でも、暴力を振るわれたり水をかけられたわけじゃないのは不幸中の幸いかもしれないね。
そう自分を納得させながら、大人しく片付けに行こうとモップとバケツを持って立ち上がると、横からバケツを掴まれる。
「私が手伝います」
彼女は確か、隣の席にいた人だと思う。名前はまだ知らないけれど、この学校に見合った綺麗な顔立ちをしていた。
「……あ、急にごめんなさい!私、
腰まである黒髪ストレートという髪形に白いカチューシャという見た目から、どことなくお嬢様っぽい印象を受ける。
「ありがとう、助かるよ」
僕がそう言ってバケツを離すと、白銀さんは微笑みながらそれを両手で抱えた。でも、女の子に持たせるには少し重かったかもしれないと思い、すぐモップと交換する。
「ありがとうございます!瑛斗さんは優しいんですね」
「元々は僕が運ぶものだからね。それを手伝ってくれてる白銀さんの方が優しいと思うけど」
「そんなことないです!私なんて全然……」
容姿が整っているのに、性格も優しくて謙遜もする。こういうタイプの人はランクが高いんだろうなぁ――――――なんて思っていると、(おそらく)クラスメイトの女子がすごい剣幕で僕らの間に割り込んできた。
「あなた、麗子様に馴れ馴れしくしないでくれる?」
「そうよ!F級のくせに!」
「ほら、麗子様はこちらへ。そんなもの持たなくていいんですよ」
女子3人組は瞬く間に白銀さんを取り囲み、その手から取り上げたモップを僕に向かって投げ捨て、彼女をどこかへ連れて行ってしまった。
終始睨まれ続けていたけど、F級というのはこんなにも虐げられるものなのか。
白銀さん自身は申し訳なさそうに眉を八の字にしていたけれど、取り巻きがあの様子じゃ、学校について詳しく教えてもらうのは無理そうだ。
「やっぱり重い……」
こんな重労働させられるなら、普段から鍛えておけばよかった。僕はひっそりと後悔しながら、モップとバケツを抱えて教室を出た。
バケツを傾けると、少し濁った水が排水溝目掛けて一気に流れていった。そんな光景を見ながら、バーゲンセールのおばちゃん達みたいだな、なんて思ったのは僕だけの秘密。
モップは専用の絞り台で絞ってから、中身が無くなって軽くなったバケツと一緒に教室に持って帰った。
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掃除用具入れに2つをしまい、自分の席に戻ると、ほぼ同時にチャイムが鳴った。一時間目を担当する教師も入ってくる。
元々いた学校と同じく、起立、礼、着席をすると、みんな揃って教科書を広げ始めた。ここで問題に気が付く。僕はまだ教科書を持っていなかったのだ。
手を挙げて先生に伝えようかと思った矢先、隣の席から小さな紙切れが飛んできくる。それは僕のこめかみに当たって机の上に落ちた。
見てみれば、紙切れではなく紙飛行機だ。それも指先の繊細な動きが必要になりそうなほど、小さく綺麗に折られているもの。
一体誰が?
不審がりながら、飛んできた方向に顔を向けると、隣の席に座る白銀さんが、僕に向かって笑顔で手を振っていた。
そして何かを畳んだり開いたりするようなジェスチャーをする。あの動きは―――――折り紙かな?
僕は促されるがままに紙飛行機を開いて、元のペラペラの紙に戻す。するとそこには、丁寧な字でこう書いてあった。
『教科書ないんですよね?私がみせてあげます!』
可愛らしい猫?犬?いや、パンダかもしれない。そんな感じの絵も横に書いてある。
僕が困っていることに気が付いて、わざわざこんな遠回しな伝え方をしてくれたんだろうか。そう思うとすごく申し訳なく感じてしまう。
ここで断る方が失礼な気もするし、僕が困っていたのも事実だから、お言葉に甘えさせてもらうとしよう。
僕は白銀さんに向かって軽く会釈すると、そっと机を移動させた。
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