004 ペトラ、初録音

録音とはいったい何なのか。

音を録ると書くし文字通りそのままの意味じゃないだろうか?

音は耳で聞いているこのの事で、普段は空気を振動してきたものが鼓膜を揺らして伝わる。みたいな事だった気がするが、前世の授業は適当に聞いてたしこれ以上詳しい事は分からん。

録るっていうのは記録する事なんだろうけど、僕の場合はどこに記録されているんだろう?

あ、ステータスウィンドウの録音画面に『自己紹介』っていう?だろうか、なんかそれっぽいのが追加されてる。


結局僕みたいな頭では正確に伝えられそうにないし、実演したほうが早いだろう。百聞は一見に如かずって言うしね。


「母さん、今から僕のスキルを使ってみるから何か話してみてくれる?」


録音ボタンを押す。


「まあまあ。何か話すって言われてもねぇ?リベルさん、困ってしまうわ」


録音停止。最初は驚くだろうから、予め注意しておいた方が良いだろうか。


「母さん、今のを録音したので流してみるね。多分自分の声をこうやって聞くのは初めてだと思うけど、あんまり驚かないでよ?」


きょとんとしている母さんはあまり理解できていないだろうけど、再生ボタンを押す。



『まあまあ。何か話すって言われてもねぇ?リベルさん、困ってしまうわ』



目を丸くしている母さんはちょっと面白い。普段こんな顔しないからな。録画スキルとかはなかったのだろうか。悔やまれる。


「ちょっと、ちょっと。今のがわたしの声、なんですか?他の人がいたり、リベルさんが腹話術しているとかじゃないんですよね?」


「誰もいないし、僕腹話術なんてできないよ?本当に今のが母さんの声。もう一回聞く?」


「ええ、ええ。でもちょっと待ってくださいね。心の準備をしてからです!」


なんか自分の声を聞くのに準備がいるようだ。母さんは頬に手を当て頭を振ったりしている。


「ええと母さん?そんな心の準備とかいらないと思うけど、再生していい?」


「はい、はい。分かりました。大丈夫です。大丈夫ですよ、ええ。」


なんかあんまり大丈夫そうじゃないけど…取り敢えず再生。


『まあまあ。何か話すって言われてもねぇ?リベルさん、困ってしまうわ』


母さんは何やらうんうんと頷いていたが、突然僕に目を向けた。


「リベルさん、今からちょっと自己紹介でもしようと思うのだけれど、してくれますか?」


「う、うん。じゃあ母さんのタイミングで始めるから。準備良いなら言ってね?」


何故自己紹介なのか分からないけれど、録るぶんには問題ないだろう。


「はいはい……それじゃあ、お願いしますね?」


言って母さんが背筋を伸ばした。録音ボタンを押す。


「はじめまして。わたくしはリベル・デイルートの母親、ペトラ・デイルートといいます。出身は王都、コルディスのレヴィアール家です。

…よろしくお願いいたしますね?」


母さんがこっちを見て頷いている。どうやらこれで終了らしい。録音終了。

出身とか初めて聞いたな。レヴィアール家か、聞いたことないな。ま、5歳だしそんなに見聞も広くないのでね?うん、仕方ないよな。


「録ったよ。聞いてみる、母さん?」


「ええ、ええ。お願いできますか、リベルさん。」


「はーい。それじゃ、再生っと。」



『はじめまして。私はリベル・デイルートの母親、ペトラ・デイルートといいます。出身は王都、コルディスのレヴィアール家です。

…よろしくお願いいたしますね?』



うん、ちゃんと再生された。母さんも納得してるっぽい。あれ、『僕』と『母さん』でファイル分けされてるや。こういうとこ便利だな録音スキル。


「どうかな母さん?あとは録音したい事とかある?」


「いえいえ、もう大丈夫ですよ。ありがとうございますね。でも、父さんのも録らせてあげたいのだけれど今はいないですからね。今日は説明だけしてまた明日、よろしくお願いします。良いですか、リベルさん?」


「うん、容量もまだまだありそうだし、問題ないよ」


「容量、ですか?やっぱりこんなスキルですし上限があるんですか?だったら申し訳ないですよ」


「ううん大丈夫。気にしないで?それより、父さん達は帰りが遅くなりそうなくらいのとこまで行ったの?無理しないでって言ったのに…」


「いえいえ、そういうことじゃありませんよ。大丈夫です。ところでリベルさん、ご飯はどうしますか?すぐに用意できますけど」


そういえば朝から今まで何も食べてなかった。時間が経つのは早いものだ、外も薄暗くなってきていた。どうしようかな、パン位食べておいた方が良いんだろうけど…そんなに食欲ないな。


「えっと、ごめん母さん。なんだかお腹空いてないし、明日はご馳走いっぱいあるんでしょ?色々あったし今日はちょっと早いけど寝ようかなって思ってるんだ」


「あらあら、そうでしたか。なら今晩はご本、読みますか?」


そう、偶に母さんは夜、僕に読み聞かせをしてくれる。だけど、今日は試したいことあるし…


「ありがとう、母さん。今日は大丈夫だよ。それじゃあ、おやすみなさい。」


「ええ、ええ。おやすみなさい、リベルさん。明日は楽しみにしていてくださいね?」


母さんが僕を抱きしめ額にキスをする。精神的には問題あるかもしれないけど、今僕は母さんの息子だし、なんたって5歳児だ。全く問題ありませんよ、ええ。



母さんが部屋から出て行った後、ベッドに横になりステータスウィンドウを表示してみる。

よし、暗い中でもしっかりと見えるようだ。そういえばほかの人にもこれって見えているのだろうか?明日にでも聞いてみよう。


――――――――――――――――――――――――――――――

リベル・デイルート  男性 5歳

Lv.3/100   NEXT.330/400

HP:83/83   MP:17/17

筋力:D-      耐久:E+

敏捷:D+      魔力:E

保有:ステータス―― ステータス表示 【1/1】

           スキル統制   【1/5】

   言語理解 ―― 言語理解    【5/10】

           言語出力    【3/10】

   大魔力マナ利用―― 大魔力感知   【3/5】

           大魔力接続   【3/10】

   録音   ―― 録音      【1/5】

           再生      【1/5】



□『僕』――『自己紹介』

□『母さん』――『テスト』『自己紹介』 

――――――――――――――――――――――――――――――


ファイルが追加された他には何も変わってないっぽいかな。でもこれ、もっとファイル増えていったらどうなるんだろうか?

気になるところだがそこはまあ、追々。スキルについて考えてみようかな…

各スキルをじっと見てみるが新たに表示されることはない。大魔力利用とかも気になっているのだが……




ステータスウィンドウを見つめ続け、リベルはいつもの、するみたいに眠りに落ちた。





―――――――――――――




リベルが眠りに落ちて少しした頃。ルーグ達が狩りから帰って来ていた。


「お帰りなさい、あなた。あらあら、グレイさんは眠ってしまったんですね。やっぱり兄弟、ですかねぇ?うふふ」


「はっはっは、リベルも寝てるのか。少しグレイを部屋に寝かせてくるよ。」


「はいはい。それじゃ、ご飯用意しておきますね?」





グレイをベッドに寝かせてきたルーグが、晩ご飯が並ぶ食卓についた。


「あなた、狩りに行ったのってラドシカ森林のほうですか?」


「ああ、その辺りだ。狩って来たやつは加工屋に渡したから朝一で取りに行くよ」


「ええ、ええ。分かりました、よろしくお願いしますね」


ペトラが一呼吸おいて、声のトーンを一段落とす。


「それでね、あなた。リベルさんの録音ってスキルなんですけれど。昔見たアーティファクトの…『声落とし』だったかしら?一回発した言葉が後からも聞ける物が、あったじゃないですか」


「ああ、確かそんなものがあったな。それで…まさか?」


「ええ、ええ。リベルさん、あれと同じようなことができるみたいなんです。しかも言葉はいくつもできるみたいで…」


「何だと?あのアーティファクトは一つの言葉しか入れることはできなかったと思うが…それでリベルは他に何か言っていたか?」


「いえいえ、音を記録することが録音なのだと教えてくれましたけれど、他には。でもあまり代償がなさそうにしていました…」


「ふむ…」


ルーグは少し考えこむ。


「そこで、わたしの声を録音してもらいました。ちょっとした自己紹介を、レヴィアールの事も含めて」


「…成程な。代償が無いようだったら私の声も録音してもらった方が良いだろうか」


「はいはい、わたしが先にお願いしておきましたよ。問題ないそうです。リベルさん、やっぱり女神様の…」


「ああ、きっとそうなんだろう。嬉しく思うが、やはり心配だな…リベルはまだ5歳だ」


「そうですね。でも、リベルさんは強くなりますよ。あなたとわたしの子です。グレイさんも支えてくれると思います。大丈夫ですよ」


そう言ってペトラはリベルの部屋を見て微笑む。


「そう…だな。ああ、リベルは強くなる。親が信じなくてどうするか!はっはっは」


「あなた?二人とも起きてしまいますよ?もう」


「む、悪い。そうだな二人も寝ているものな。…ペトラ、今日は私たちも少し早く寝ようか」


「あらあら…そうですね、じゃあすぐお片付けしますね?うふふ」


「はは、どれ、私も手伝うよ」


ルーグはペトラと共に台所へ向かう。




満月の光が窓から暗くなった食卓を照らす。


夜はまだ長い。

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