005 リベル、初魔法

カーテンの間から差し込む光が、意識を現実に引っ張ってくる。

光から逃げるようにしていると腕がベッドから落ちていた。


「……ん、んぅ…」


くっつこうとしている瞼を擦り、なんとか起きようとする。

目の前に自分のステータスウィンドウが開かれていた。

いつの間にか寝るのはいつもの事だけれど眠る間も、ずっと開かれていたのかと驚いた。

寝てる間に変な事になっていないだろうか。


…どうやら何も動いていなさそうだ。良かった。

あー、昨日なんだか眠る前に思い付いたようなことがあった気がするのだが、ダメだ。ああいうのは思い付いた時に何かにメモらないとすぐに忘れる。

前世でもそういう事があった様な気がする。ラノベとかを読みながら寝ようとしてた時に「この設定でラノベ書いたらめっちゃくちゃ売れそう!」みたいなアイディアを思いつくときもあったが、そのまま寝てしまった時があって悔やんだ記憶が…


ステータスウィンドウにメモとかできないかなー。チラッチラッ


流石にそこまで便利にはならないらしい。まあ一応、ボイスメモは気軽に出来るから贅沢は言わないでおこう。


そういえば、スキルの熟練度みたいなものがあるがこれはどうやって上げるんだろう。

録音関連ならば繰り返しするか、日常的にずっと録音するとかで上がるかな?

物は試しだ、今から録音してみよう。


「あー、本日は僕の誕生日の次の日。5の月の14日。天気は晴れ。時間は…えっと8時位かな?今日から日常を録音していこうと思う。スキルは録音、再生どっちも1だ。」


よし、このまま今日の終わりまで録音してみるとしよう。容量がどの位まであるのかも分からないけどね。


そのままリビングまで向かう。



「おはよう母さん。父さんはまだ?」


「あらあら、おはようございますリベルさん。ルーグさんは昨日狩ってきたお肉を加工屋さんに取りにいってますよ。その後お料理しますからお昼か夜になりますし…朝ご飯はどうしますか?」


「あーそっか、昨日狩りに行ってたんだもんね。うーんそうだなぁ、朝はパンとか軽いもので良いよ」


「はいはぁい、じゃあすぐ用意しちゃいますね~」


そういうと母さんは台所に向かってい行った。うんうん、やっぱり朝にご飯を用意してくれる母さんがいるのって良いよね。

前世ではそういう事はほぼ無かったというか、朝早くに起きるっていうことがあんまり無かったからなぁ。転生万歳である。


そうして感慨に浸っているとすぐに料理が出てきた。流石は母さんである。仕事が早い。


「お待たせしました~。パンに卵とベーコン。サラダもありますし、足りなかったらもっと作りますからね?」


「ありがとう、母さん。多分足りるから大丈夫だよ。いただきます。」


手を合わせてから食べ始める。

この『手を合わせていただきます』は割とこの世界でもすぐ受け入れてもらえた。今から口に入れる物の命と、料理してくれた人への感謝をするんだと説明したらもの凄い感心していた。

やっぱり日本の心ってのは忘れちゃいけないね。うんうん。


「そうそう、リベルさん。昨晩ルーグさんに録音の事お話してみたんです。大丈夫でしたらリベルさん。録音を、お願い出来ますか?」


「うん、問題ないよ?じゃあ父さんが帰ってきたらしようか」


「…あのあの、リベルさん。本当に大丈夫なんですか?えっと、昨日言っていた容量でしたりとか?」


「へ?あー、容量は今ちょっと試してるけど、大丈夫だよ。無くなりそうだったら言うし」


「そうなんですね…分かりました。でも、何かあったらすぐに言ってくださいね?」


「や、そんなに心配することじゃない気もするけど。分かった、何か気付いたら言うね?母さん」


「はいはい。何でも、母さん達に頼ってくださいね?」


言いながら母さんは僕を抱きしめてきた。


「んぐ。か、母さん…ちょっと」


その時、玄関に繋がる扉が開く。


「ただいまー。肉貰ってきたぞ」


父さんだった。例の肉が入っているだろう袋を担いでいる。


「おかえり!父さん」


「あらあら、おかえりなさいませ。そちらがお肉ですよね?すみません、台所の方に運んでもらえますか?」


「ああ、ついでに使えそうな野菜も買ってきたんだ。一緒に置いておくぞ。…リベル、父さんのいない所で母さんに抱き着いて、全く。妬いちまうな!はっはっは!」


父さんがくしゃくしゃに頭を撫でてきた。さっきのは母さんから抱き着いてきたんだけどな…相変わらずラブラブですこと。


「そうそう、リベルさんがあなたの声を録音してくれるって。わたしはお肉の仕込みをしてきますから、リベルさん、よろしくお願いしますね?」


荷物を置いてきた父さんに向かって母さんが録音のことを話す。ご馳走は楽しみだけど、その前に1仕事みたいな物かな?


「はーい。じゃあ父さん、先に昨日の母さんの録音聞いてみる?」


「あらあら、ルーグさんに聞かれるんですか?何だか恥ずかしいですけれど、聞かれているところを見ているともっと恥ずかしくなりそうですし、わたしは奥に行ってますね?」


そう言うと、母さんは台所の方に向かって行った。

「ふむ。それじゃあ、母さんの録音したもの聞かせてもらえるか?」


「おっけー、なら自己紹介を再生っと」


『はじめまして。私はリベル・デイルートの母親、ペトラ・デイルートといいます。出身は王都、コルディスのレヴィアール家です。

…よろしくお願いいたしますね?』


再生された音声を聞いた父さんが頻りに頷いていた。


「なるほどな、本当に……なあ、リベル。父さんの自己紹介も録音してくれるか?」


「良いよ。さっきも母さんと話したしね。それじゃあ、準備出来たら言ってね」


「ああ、分かった。…ふぅ。よし!良いぞ、頼む」


深呼吸してから父さんがこちらに目を向ける。


…あ。録音しながら録音って出来るのかな?いざとなれば別に止めればいいけど…

ん?なんか録音ウィンドウが…2つになってる。重ねて録音とかできそうな感じ。これなら大丈夫そう?

もう一つの録音ボタンを押して、父さんに頷いた。


「…初めまして。わたしはリベル・デイルートの父親、ルーグ・デイルートです。元聖騎士隊2番隊の隊長として仕えていました。出身はグレスタム南部のアーデルベルト。どうぞよろしくお願い致します。」


一通り終えたのか僕に頷く。録音終了。

これは聖騎士隊の話とか聞いて良いんだろうか?滅茶苦茶気になる。

でも先ずは確認をしよう。無いとは思うけど初めての重ねて録音だしスキルがバグってたら嫌だもんね。


「録音完了。確認してみるね」


「ああ。頼んだ」


『…初めまして。わたしはリベル・デイルートの父親、ルーグ・デイルートです。元聖騎士隊2番隊の隊長として仕えていました。出身はグレスタム南部のアーデルベルト。どうぞよろしくお願い致します。』


父さんが目を瞬いている。やっぱり初めは驚くものなんだろう。でも母さんに聞いていて衝撃が少なかったのか、なにやら頷いている。


「どうかな、父さん?もう一回聞いてみる?」


「…いや、大丈夫だ。そうだな、録音してもらったのだし、折角だ。お礼に何かしようか」


「や、別にそれほどのものじゃないよ?ただボタン押すだけだし」


「ボタン?なんのことだ?」


そう言われて昨晩考えていた事の1つを思い出した。


「あ。ねえ父さん、ここに僕のステータスウィンドウがあるんだけどさ。何か見える?」


「?何も見えないぞ。そこにあるのか?」


やはり僕以外は見えないようだった。疑問1つは解消。


「あー、いや。大丈夫だよ。ちょっと確認したかっただけだから」


「そうか?…リベル、お礼の事なんだが父さんが決めて良いか?」


「え、うん。別に良いけど。そこまで大層なものじゃなくていいからね?本当に」


「はっはっは!父さんが教えるのはそこまでの物じゃないさ心配するな」


?何だと言うのだろうか。教えるってことは勉強でもするのかな。


「リベルも5歳になったんだ。魔法の事を、教えてやろう」



……ああーーーーーっ!!!

録音の事だったり、スキルとかで完全に忘れていた。なんで忘れていたんだ僕は……

このままじゃあ、ただボイスレコーダー持って転生してきた奴になってしまうところだった。


「ん?嬉しくなかったか?昨日まであんなに魔法の事を言っていたのに…」


「や、違うよ!嬉しいよ!本当に、早く教えてよ、魔法の事!!」


「よぅし、それじゃあ、ちょっと庭に出ようか」



―――――――――――――



魔法への期待を胸に意気揚々と出てきた僕は、太陽の眩しさに顔を顰めていた。


「リベル、まず父さんが実際に魔法を使ってみるからしっかりみててくれ」


「うん!分かった!」


「簡単な水を出す魔法だ。自分の中の魔力に集中して魔法の詠唱をする」


そう言って父さんが右手を前に突き出した。


「ここに水を恵みたまえ。【Wasser水よ】」


その手の前に水の塊のようなものが現れた。


「どうだ?これが魔法、最初に教わるような簡単なものだよ」


凄い!初めて魔法を見た訳じゃないけどこうやってしっかりとした詠唱をして発動されたのを見るのは興奮する!

でもなんか最後の方聞き取り難かったな。そうだ!折角だしもう1回やってもらって録音するか。我ながら名案だ。


「凄いね父さん!もう1回やってくれるかな。見てみたい!」


「よし、良いぞ。」


「ここに水を恵みたまえ。【Wasser水よ】」


録音完了!これで大丈夫な筈だ。


「ありがとう、父さん!僕もやってみるね!」


「ん?いいけどリベルはまだ5歳だし、父さんみたいな水塊にすると魔力が足らなく…」


父さんが何か言っていたが、今の僕は魔法への思いの方が強い!一応録音したものを聞きながら詠唱してみる事にする。


「…よし!いくぞぅ!『ここに水を恵みたまえ。【Wasser水よ】』!」


僕の突き出した右手に水の塊が出てきた。やった!初の魔法だ!…ん?2つ?

右手を動かすと2つの水塊がついてくる。

父さんの方を見ると、目を見開いていた。なんでだろう。





そして僕は、



気絶した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る