第155話 末っ子の思い
王都の南東にある劇場に足を向けたクルツは、立ちはだかる相手を見て肩を落とした。
「せっかく最後の舞台なのに、アタシの相手は死に損ないと小娘なの?」
嘆くクルツに黒ずくめのニンジャが言った。
「不満でもあるのか?」
クルツはげんなりとした。
「不満しかないわよ。ねえ、小娘ちゃん、あんた、帝国の関係者でしょ? そっちにはツバキの弟がいたはずよね。アイツ、性格はともかく見てくれはいいから弟の方にはだいぶ期待してたのよ。今からでも呼んできてくれないかしら?」
サルトビの隣にいる少女に聞いた。
彼女は容姿そのものは整っているのだが、だるそうな表情のせいで長所が殺されていた。
クルツの好みではなかった。
「ミツヨシさんのことですかね? あの人はツバキさんと一緒に行動してるはずですけど」
少女が言った。表情だけでなく、しゃべり方までだるそうだった。
「ミツヨシっていうの? いい名前ねえ。ツバキの奴はどうでもいいからちょっとそのミツヨシを連れてきなさいよ」
「こっちもちょっと聞いておきたいんですけど、あなたはクルツ・ガーダループですよね? 元「王の手」で、表向きは病死したことになってるはずの」
気だるげな少女に聞かれてクルツはうなずいた。
「見てわかんないかしら? もちろんアタシがクルツ・ガーダループよ。この世界で最高の人形遣いにお目にかかれたんだから光栄に思いなさい」
「あー、やっぱりそうなんですね。私はルシリア・ブランディナ・ラグナイル。ロプレイジ帝国のしがない第二皇女ですよ」
ルシリアはだるそうに名乗った。
「あらあら、皇女殿下とは思わなかったわ。小娘呼ばわりして悪かったわね」
おかしな皇女にクルツは笑った。
「お気になさらず。私は姉さんと違って若いですし。皇女っぽくないのも自覚してますから」
ルシリアの返答にクルツはますます笑った。
「見てる分には面白いけど、皇女をやるにはちょっと卑屈すぎるわね」
「卑屈にもなりますって。上の二人が優秀すぎるんですよ。兄さんは言わずと知れた最強の剣帝ですし、姉さんもアレなところは色々ありますけど、欠点なんて問題にならないくらい優秀なんですもの。私って要らない子なんじゃないかと悩んでばっかですよ」
「末っ子は大変ねえ」
クルツは笑いながら同情した。
「私は兄さんや姉さんとは根本的に作りが違うんですよ。あんな風になんでも出来たりしませんし、あそこまで優しくなんてなれないですよ。……そうそう、優秀って言えば、バーニスさんもものすごいですよね。同じ人間とは思えないですよ。サルトビさんもそう思いません?」
突然話を振られ、流石のニンジャマスターもうろたえた。
「いや、拙者は……」
「そこのニンジャを慌てさせるなんて、流石は皇女様ね」
クルツはおかしくてたまらなかった。
「そんなことで褒められても……まあとにかく、私はあの人たちみたいにはなれないですね。何年か前にバーニスさんがやたらと落ち込んでたときがあったんですけど、事情を聞いてびっくりしましたよ。私だったら孤児院の子供を守れなかったからってあそこまで落ち込んだりしないですよ」
「あらやだ、それアタシのせいだわ。女王様ったら、そんなことになってたのね」
「私もまさかあのバーニスさんが泣き出すとは思いませんでしたよ。まあ、兄さんと姉さんがなだめたり励ましたりしてバーニスさんは上手いこと立ち直ったんですけどね。問題はその後ですよ。バーニスさんが帰ったら今度はうちの姉さんが泣き出しましてね。子供たちもバーニスさんも可哀想だ。こんなのはあんまりだって泣きながら叫んでましたよ。あのときはほんとに大変でしたね……。あっ、このことはバーニスさんには絶対に言っちゃだめですよ。私が姉さんに殺されるので」
ルシリアはぱっとサルトビの方を向くと、恐ろしく真剣な顔で念を押した。
「……う、うむ、承知した……」
サルトビはとりあえずうなずくことにしたようだった。
「あなたも災難だったわねえ」
クルツは何かと苦労しているらしいルシリアを労った。
「ほんとですよ。まあ、本当に災難だったのはバーニスさんや姉さんの方ですけどね」
ルシリアは苦笑した。
「色々ありますけど、私は兄さんも姉さんも、バーニスさんも大好きです。私はあんな風になれないけど、あの人たちのためならなんだってしますよ」
ルシリアはもう笑っていなかった。
「だから、あの優しい人たちを苦しめたお前のことは絶対に許さない」
クルツを見据えるルシリアの瞳にはだるさなどもう微塵も感じられなかった。
「私はロプレイジ帝国第二皇女、ルシリア・ブランディナ・ラグナイル。皇帝陛下に仕える五帝剣の一員として、イシルダ姉さんの妹として、バーニスさんの友達として、お前をぶち殺す」
ルシリアは両腕を広げた。左右の手首にはまっていたブレスレットが折り畳まれた紙を広げるように展開され、円形をしたふたつの盾となった。
「いいわね。アタシもやる気が出たわ。ちょっとだけだけど」
クルツは袖からカードを出し、殺意と憎しみを滾らせる皇女に向かっていった。
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