第154話 巨人対巨人
ゴライアスに乗り込んだベリットは操縦席に映し出された王都の景色を眺めてぼやいた。
「この広い街で十人そこらの人間捜すとか面倒だよなー」
王宮を出発した後は道幅が広いところを選びつつ東の方に向かったものの、周囲には人っ子ひとり居なかった。
「あいつらは魔力の探知とか出来るみたいだけど、あたしはそんなん無理だしなー」
ため息をつきながらもレバーを操作してゴライアスの腕を動かし、じゃまな街路樹をなぎ払った。
太い木は棒きれのように飛んでいき、酒場らしき建物を粉々にした。
「おっ、いい感じに当たったな」
ベリットの顔が少しだけ明るくなった。
「まあ、誰も見てないんだけど……」
少しだけ気持ちが上向いたものの、すぐに元通りになってしまった。
「もういっそのこと街の破壊に専念するか。真っ平らにしちまえば敵も見つけやすくなるし……あれ、これって名案じゃね?」
自分のひらめきにベリットの声が弾んだ。
「問題はうちの連中が巻き添え食らうことだけど……まあ、大丈夫だろ。あいつら、あたしと違って無駄に頑丈だし」
メリットとデメリットを天秤に掛けた結果、ベリットはこの方針で行くことに決めた。
早速レバーを動かして、ちょうどいい距離にあった大きな建物に照準を合わせた。
「えーと、なになに、王立孤児院? 孤児院にしちゃ立派な建物だな」
ゴライアスからの映像を拡大して看板を読むと、そんな感想が漏れた。
「……あれ? そういや、あたしって父親殺したんだよな。身寄りなんてほかにないから……あたしも孤児なのか?」
ふと自分の立場を考えたベリットは自分もまた孤児であることに気づいた。
「つまり、あそこにいるのはあたしの同類ってわけか。……自分の同類がうようよいるとかなんか気持ち悪りいな。よし、あれはぶっ壊そう」
目標を定めたベリットがレバーについたスイッチに指をかけたとき、孤児院の建物の前に人が立っているのが見えた。
その老人は真っ白のローブを着ており、腰まで届く長い髪はローブと同じくらい白かった。しわだらけの顔から長く延びたあごひげもまた真っ白だった。
「なんだ、あのジイ様は?」
怪訝に思いながらもベリットは的確にレバーを操作してゴライアスの右手を白い老人に向けた。
「まあ、なんでもいいか。どうせ敵だろうし」
ベリットはレバーの先端についたスイッチを押し込んだ。ゴライアスの右手の人差し指からは老人の髭よりもさらに白い閃光が発射された。
自身を消し飛ばさんとする極太の光線に対して、老人は木でできた長い杖をかざした。
老人の前に一瞬にして十五枚もの魔力障壁が出現し、ゴライアスの白雷砲は障壁五枚を抜いたところで消えてしまった。
「ふむ、思ったほどのものでもないらしい」
ゴライアスの集音機は、老人のつぶやきもちゃんと拾っていた。
ベリットはそれを自身の最高傑作に対する侮辱と受け取った。
拡声器のスイッチを入れると、深呼吸を一つしてから努めて冷静に言った。
「言ってくれるじゃん、ジイさん」
銅褐色の巨人から言葉が返ってきたことに老人は驚いているようだった。
「なんと、なんと」
目を見開く老人の姿に、ベリットは調子を取り戻した。
「年寄りには刺激が強かったか?」
嘲るベリットに対して老人はかぶりを振った。
「声から察するに君はベリット・ブロンダムじゃな。年端も行かない子供を相手にすることになるとは……やむを得ないとはいえ、嘆かずにはいられん」
老人は悲しげな顔でゴライアスを見上げていた。
「そう言うジイさんはレデフ・ワムシュだな。砦のときは転移魔術で上手いこと逃げられたみたいだけど、今日はそうもいかないぜ」
ベリットが言うと、ワムシュは王都の周囲から立ち上る黒い魔力の壁に目を向けた。
「そうじゃな。今回はワシの術でも逃げられまい。じゃが、ワシらは逃げるつもりなどない。君たちはここで倒す」
ワムシュはゴライアスに目を戻すとはっきりと言った。
「そりゃいいね。あたしたちも逃げられるのにはうんざりしてたんだ」
ベリットは声を上げて笑ったが、ワムシュの方は考え込むようなそぶりをした。
怪訝に思っていると、ワムシュが口を開いた。
「なあ、投降してはくれまいか?」
その提案にベリットはぽかんと口を開けた。
「ワシは帝国に忠誠を誓った魔術師として数多の人間を手にかけてきた。じゃが、ワシももうそれほど長くはない。戦うことなどこれで最後じゃろう。最後に奪うのが君のような子供の命だというのは忍びないんじゃよ」
ワムシュにはゴライアスしか見えていないが、ベリットは自分自身を見られているような気分になっていた。
「なるほどね。ジイさんの気持ちはよくわかったよ」
ベリットがそう言ってやるとワムシュは期待するような目を向けてきた。
「あたしの答えはこれだ」
ゴライアスの指から白い閃光が放たれた。
ワムシュの脇を突き抜けた閃光は、王立孤児院を一発で破壊した。
「ジイさんにいいこと教えてやるよ。あたしはベリット・ブロンダム。趣味と特技は工作。最近はまってるのはなにかをぶっ壊すこと。そして、なによりも嫌いなのは子供扱いされることだ!」
ベリットはレバーを操作してゴライアスの指先を立ち尽くしている老人に向けた。
「……致し方あるまい」
ワムシュは痛みをこらえているかのように顔をしかめた。
「我が名はレデフ・ワムシュ。ロプレイジ帝国に仇なす者よ、覚悟するがいい」
帝国が誇る最高の魔術師は杖を構えた。
「ぶっ壊してやんよ!」
ベリットはにいっと笑った。
「我が呼びかけに応え、その姿を現せ! サイクロップス!」
ワムシュが杖で地面を突くと、中空に亀裂が走った。
空に入った亀裂はどんどん大きくなっていき、その向こうから緑色をした二つの巨大な手が出てきた。巨大な手は扉を開くかのように亀裂を押し広げた。
そして、亀裂の奥からは手の持ち主である緑色の体の一つ目巨人が出てきた。
「魂の管理者の下僕よ、我が敵を討ち滅ぼせ」
ワムシュは杖でゴライアスを示した。
緑色の巨人の一つ目がぎょろりと動いてゴライアスの方を向いた。
操縦席の正面に映し出された巨大な目を見て、ベリットは笑った。
「いいね。あたしの方だけデカいの使うのはズルいしな。……でもまあ、なにを出したって結果は一緒だ!」
ベリットは銅褐色の巨人を駆って一つ目の巨人に向かっていった。
「……食いではあるな」
エイドレス・ライムホーンはゴライアスの前に突如として出現した一つ目の巨人をそう評した。
その灰色の体はベリットが作った鎧、カエアンに覆われていた。鎧の表面では青い光が時折明滅しながら血管を流れる血液のように走っていた。
王宮を出たエイドレスは砦での戦闘で覚えた獲物の匂いを追って王都の市場まで来ていた。急いで避難したせいだろう、市場には商人たちが持っていけなかった品がいくつも残されていた。
「どこまで飢えてやがんだよ……」
エイドレスと対峙していたツバキが呆れた顔で言った。
「失敬だな。私とてなんでもいいわけではない」
エイドレスは鼻を鳴らした。
「生憎だがそれほど理知的には見えん」
ツバキと並んで立つもうひとりの男が言った。
目つきの鋭いその男が着ているのはツバキの赤いキモノとは対照的な青いキモノだった。そして、男の腰にはツバキの物によく似た反りのある剣が差してあった。
「うちの連中の中では私が一番理知的だと思うが」
この点についてエイドレスは確信を持っていた。
「頭のおかしい奴はみなそう言う」
青いキモノの男は冷めた目でエイドレスを見ていた。
「ツバキ、お前の弟は誰が相手でもこうなのか?」
そう尋ねてみると、ツバキはぎょっとした。
弟の方も驚いているようだった。
「俺もミツヨシも兄弟だって言ってねえんだが……」
ツバキの言葉にエイドレスはため息をついた。
「そんなことは臭いでわかる。説明されるまでもない」
そう言ってやると、ミツヨシの方は得心がいったかのようにうなずいた。
「なるほど。やはりまともではないな」
「やれやれ、少しばかり鼻が利くだけで異常者扱いとは……」
エイドレスはかぶりをふって嘆いた。
「俺も鼻はいい方だけどよ、あんたは異常だと思うぜ」
ツバキが言った。
「全く持って心外だ。……だがまあ、獲物とはわかりあえないものか」
エイドレスは苦笑しながらも軽く腰を落として構えた。
もう会話は十分だった。市場に残されていった香辛料の香りに食欲を刺激されていたのだ。
希少な肉がふたつもある上に味付けにも困らない。
この状況でこれ以上のおあずけなど耐えられるはずもなかった。
「獲物とはわかりあえない、か……その点だけは同意見だ」
ミツヨシが刀を抜いた。
「まあな。獲物は狩るだけだ」
ツバキも同じように刀を抜いた。
灰色の狼は牙をむいて笑うと、極上の獲物に躍りかかった。
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