第152話 勝つためではなく

 アルヴァン達はグロバストンの王都を守る堅固な門をくぐり抜けた。


「久しぶりに来たけど、あんまり変わんないわね」


 クルツが言った。王都には大小さまざまな建物が建ち並んでいるが、道幅が広い上に区画が完璧に整備されているために雑多な印象は全くなく、ただただ洗練されていた。


「ほっほっ、王国と戦をやっておった頃にもここまで来ることはなかったというのに、まさかこんな形でこの場所を訪れることになるとはな」


 ジェイウォンは王都の町並みをしげしげと眺めていた。


「なんか完璧すぎて面白くねえ」


 ベリットは退屈そうに言った。


「なにも問題ない。私たちはこれからここを破壊するのだから」


 エイドレスが言った。


「パインデールもそこそこ大きいと思ってたんだけどね……」


 グレースが言った。


「流石に相手が悪いですのう」


 グレースの肩にとまったローネンは苦笑していた。


「わかってはいましたけど、誰もいないですね」


 アルヴァンが言った。

 完璧に整えられた王都には人の気配が全くなく、広い町はしんと静まりかえっていた。


「兵隊どもが街の連中を連れて逃げてったのは確認してたしな」


 ベリットが言った。王都の人々が一斉に逃げる様子はローネンを使って空から見ていたのだった。


「住民を逃がした以上、敵は王都でワシらを待ちかまえていると思っておったんじゃがどうも違うらしいな」


 ジェイウォンが言った。街には自分たち以外だれもいないのだ。王都は文字通り空っぽになっていた。


「アルヴァン、敵の位置はわからないのか?」


 エイドレスが尋ねた。


「それなんですけど、王都に着いたあたりからよくわからなくなってるんです。魔術のたぐいだとは思うんですが……」


 アルヴァンは困った顔をしていた。


「砦での戦闘もあったし、アルヴァン君が敵を探知できることは向こうも察しているんだろうね」


 グレースが言った。


「敵の居場所の見当がつかないとなると、逃げた住民どもをとっ捕まえちゃうのがいいのかしら」


 クルツが頬に手を当てた。


「あいつらを引きずり出すならそれが一番じゃね?」


 ベリットが言った。


「追跡は任せておけ。匂いをたどるのは造作もない」


 エイドレスは牙を見せて笑った。


「……アルヴァン様! あっちに大きな建物がありますわ! 行ってみましょう!」


 遙か遠く、王都の中央付近にひときわ大きな白い建物があるのを見つけると、ヒルデはアルヴァンの腕をとって走り出した。


「ちょ、ちょっと、ヒルデ……」


 アルヴァンは為すすべもなく引きずられていった。


「アホは元気でいいな」


 ベリットが言った。


「クルツ君、あれはやっぱり……」


 グレースはクルツを見た。


「察しの通り、グロバストンの王宮よ」


 クルツが言った。


「観光に来たわけではないのだがな」


 エイドレスはため息をついた。


「いいではないか。ワシも一度くらいは見ておきたい」


 ジェイウォンは笑った。


「では、追いかけますかのう」


 ローネンの言葉を合図に一行は二人の後を追った。



 アルヴァンとヒルデは王宮目指して空の王都を進んでいった。

 大きな噴水が設置された広い前庭を横切ると、二人は足を止めて王宮を見上げた。


「でっかいですわ」


「そうだね」


 少しの間、二人で真っ白な城を眺めた。


「さあ、中に入りますわよ」


「そうしようか」


 アルヴァンとヒルデはそろって王宮に足を踏み入れた。重厚な扉を抜け、毛足の長い真っ赤な絨毯の上を歩いていくと二階に通じる大きな階段にぶつかった。階段を上ってさらにまっすぐに進むとひときわ広い部屋にたどり着いた。


 その部屋の奥の一段高くなったところには装飾が施された真っ白な椅子がおかれていた。


「あれが玉座ですの?」


 ヒルデが椅子を指さした。


「多分」


 アルヴァンがうなずくと、ヒルデはにやりと笑って椅子に駆け寄った。


 そして、白い椅子に腰を下ろした。


「わらわこそが女王なのだですわ」


 グロバストンの玉座に着いたヒルデが言った。


「……バーニスさんのしゃべり方を真似たんだろうけど、なんか変じゃないかな?」


 アルヴァンは首を傾げた。


「あらあら、しばらく見ないうちにグロバストンの女王が代わったのね」


 遅れてやってきたクルツはくすくすと笑っていた。


「史上希にみる暗愚じゃな」


 ジェイウォンが言った。


「三日で国がつぶれそうだよな」


 ベリットも笑っていた。


「グロバストンの国力ならば流石に三日は持つでしょう」


 ローネンが言った。


「十日持つかはあやしいところだけどね」


 グレースは笑いをこらえていた。


「そろいもそろって好き放題に言ってくれますわね……」


 ヒルデは怒りに顔を赤くして頬を膨らませた。


「それにしても、まさか王宮まで空にするとは。こうなると一刻も早く逃げた住民たちを追いかけねばならないだろう」


 そう語るエイドレスは嬉しそうだった。


「その必要はないですよ」


 アルヴァンが口を開いた。


「僕らは囲まれてます」


 そう言うのと同時に、四カ所ある王都入り口の門から鉄格子が落ちる音が聞こえてきた。


「おっ、閉じこめられたか」


 ベリットが言った。


「来たわね」


 クルツが言った。


「望むところじゃ」


 ジェイウォンが言った。


「アルヴァン君、今度は敵の位置がわかるかな?」


 グレースが尋ねた。


「ええ。王都のあちこちに散ってます」


 アルヴァンが答えた。


「分散させてきたか……勝つことだけを考えるのなら、全員でアルヴァン君を援護しながらひとりずつ敵を倒してアルヴァン君に取り込んでもらうのが一番確実なんだけど……」


 グレースは言葉を切って全員を見回した。誰も賛同しようとはしなかった。


「アルヴァン様のことは何よりも大切ですが、それでは面白くありませんわ」


 玉座に座るヒルデが言った。


「僕らは勝つためじゃなくて楽しむためにやってるからね」


 アルヴァンもうなずいた。


「そう言うと思っていたよ。では、各自散開して好みの相手を探すといい。ローネンに空から偵察してもらうこともできるから必要であれば連絡してくれ。そうそう、敵を倒したらボクに報告するのだけは忘れずにね」


 グレースが言った。


「王国と帝国の連合軍なんて誰も相手にしたことないわよね」


 クルツが言った。


「ワシらが史上初じゃな」


 ジェイウォンが笑った。


「おまけに魂の管理者までいる」


 エイドレスは舌なめずりしていた。


「最後なんだし、派手でいいだろ」


 ベリットはメガネを押し上げた。


「相手にとって不足なしですわ」


 ヒルデはそう言って玉座を降りた。


「それじゃあ、みんな、楽しんでくるといいよ」


 グレースは手を振った。


「行ってきます」


 アルヴァンがそう言うと、グレースとローネンを残して全員が玉座の間を出て行った。


「……」


 静まりかえった広い部屋でグレースは白い玉座をじっと見つめていた。


 そして、そっと近づくとその椅子に腰掛けた。


「……」


 ローネンは目を細くした。


「何か言いたいことでもあるのかな?」


 グレースは軽く咳払いをした。その顔は少し赤くなっていた。


「いえいえ、案外子供っぽいところもあるのだなあなどとは思っていませんのでどうぞお気になさらず」


 ローネンは丁寧にそう言った。


「思っているじゃないか」


 グレースはむくれたものの椅子から立ち上がろうとはしなかった。



 王宮の外にでたアルヴァンは前庭で足を止めた。


「この辺でいいよね?」


 アルヴァンが尋ねるとベリットはうなずいた。

「これくらい広ければいけるだろ」

 ベリットの返事を聞いたアルヴァンは簒奪する刃を地面に突き立て、巨大機動鎧ゴライアスを転移させた。


 銅褐色の巨人はひざまずいた状態で出現した。


「ありがとな。じゃあ、あたしはこいつに乗るから」


 ベリットは礼を言ったが、アルヴァンは地面から黒い剣を抜こうとはしなかった。


「どうかしたのか?」


 エイドレスは怪訝な顔をしていた。


「ここまで来たのに逃げられてもつまらないので手を打っておこうかと」


 アルヴァンが答えるのと同時に王都を囲む壁から黒い魔力が立ち上り、外界から王都を切り離した。


「すごいわねえ……」


 黒い壁を見上げてクルツが言った。


「ふむ、ある種の結界か」


 ジェイウォンは目を細めた。


「これで前みたいに遠くまで逃げられることはありません。ただ、魔術そのものを封じたわけじゃないんで転移自体は使えます。そこの部分には気をつけてください」


 アルヴァンが説明した。


「十分だ。遠隔地に逃げられさえしなければどうとでもなる」


 エイドレスが言った。


「こちらを追いつめたと思いこんでいる敵を逆に追いつめてやるだなんて、流石はアルヴァン様ですわ!」


 ヒルデが言った。


「準備もできましたし、始めましょうか」


 アルヴァンは漆黒の剣を地面から引き抜いた。

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