第151話 明日も笑うために

 王都到着の翌日、フィーバルはワムシュ、カロルとともに王宮の転移用魔法陣を使って帝都の宮殿に移動していた。


 帝都に来たのはワムシュにアズミットを呼び出してもらうためである。


 再び幻影として呼び出されたアズミットは、フィーバルを目にすると涙を浮かべた。


「おお、まさかもう一度あなたにお目にかかることができるとは……」


「私も再びお前に会えたことは嬉しい。こんな状況でさえなければ……」


 フィーバルは目を伏せずには居られなかった。


「ある程度の事情は聞いております。あなたがこうしてそこにいるということは、簒奪する刃は……」


「残念ながらお前が考えているとおりだ」


 フィーバルはかいつまんで事情を説明した。



「なるほど、そうでしたか」


 フィーバルが説明を終えると、アズミットは腕を組んで考え込んだ。


「剣の所有者であるアルヴァンは簒奪する刃の力を完全に引き出してしまった。彼はグロバストン王国を滅ぼすべく、仲間を率いて王都に向かっている。到着は二日後だ。私はここにいる皇帝たちと協力してアルヴァンを迎え撃つつもりだ」


 フィーバルが言った。


「あの剣が元凶である以上、こちらからも協力すべきなのですが、ご存じのようにそちらの世界に管理者である我々が直接干渉するのは難しいものがあります。事情は説明しておきますが、こちらから戦力を送るのは間に合いそうにありません」


 アズミットは申し訳なさそうに言った。


「気に病むことはない。こうして私がアルヴァンと戦うことさえかなり際どい選択だ。だが、それでも私はアルヴァンを止めねばならない」


「またもあなたひとりに重荷を背負わせてしまうとは……謝罪の言葉もありません」


 アズミットは頭を下げた。


「心配するな。私には頼りになる仲間が居るからな」


 フィーバルがカロルとワムシュに目を向けると、ふたりは力強くうなずき返した。


「彼らを倒すことは私たちに任せてくれ。お前に頼みたいのはその後のことだ」


「こちらに送られてくる彼らの魂の処遇ですね」


 アズミットの言葉にフィーバルはうなずいた。


「アルヴァンを含め、終の戦団の者たちは史上類を見ないほどに危険だ。私たちが倒した後、彼ら全員の魂を消滅させて欲しい」


「異例の処置ですね……ですが、あの簒奪する刃を従えた人間とその仲間となれば同意は得られるはずです。そちらについては私がなんとしても実現させます」


「ああ。彼らはあまりにも危険だ。消滅させるほかない」


「承知しました。武運を祈ります」


 最後にそう言ってアズミットは姿を消した。

 フィーバルはカロルとワムシュに向き直った。


「準備は整った。あとはアルヴァンを倒すだけだ」


「もっとも難しい部分ですな」


 長く伸びた髭をなでながらワムシュは眉間にしわを寄せた。


「だが、僕らがやらなければならない部分だ」


 カロルがそう言うとフィーバルとワムシュはうなずいた。



 アズミットとの会談から二日が経った。

 王都およびその周辺の住民たちの避難は既に完了しており、グロバストン王国最大の都市はひっそりと静まりかえっていた。


 そして、王都の中心に位置する王宮にある玉座の間にはバーニスと王の手の面々、それにカロルと五帝剣の全員がそろっていた。後は終の戦団の到着を待つばかりだった。


「……もうそろそろかね……」


 ツバキがつぶやいた。


「言いにくいんですけど、それ、三分おきに言ってますよ」


 ルシリアはツバキから目をそらしながら指摘した。


「い、いや、そんなはずは……」


 うろたえたツバキは思わずミツヨシを見てしまった。


「俺を頼られても困る。兄貴の問題は兄貴が解決してくれ」


 ミツヨシは冷ややかに言った。


「あなたたち兄弟だったの!」


 イシルダは目を丸くしていた。


「俺に兄が居ることはイシルダ様にも話してあったはずですが」


 ミツヨシはイシルダの反応に戸惑っていた。


「それは聞いていたけど……全然似てないじゃない」


 イシルダはミツヨシとツバキを見比べた。

 ミツヨシの方は短めの髪を後ろに撫でつけており、髭はきれいに剃ってある。対してツバキの髪はぼさぼさで、頬にも顎にも髭が生えている。


「なに言ってるんですか、姉さん。ツバキさんが髭をそり落として髪を整えればミツヨシさんそっくりでしょ」


 ルシリアがそう言うと、ツバキとミツヨシはそろって渋い顔をした。


「こいつそっくりだって言われんのがいやでこうしてるんですがね……」


 頭をかきながらツバキがぼやいた。


「もうそっくりだなんて言われることはないと思っていたのだが……」


 ミツヨシもため息をついた。


「ツバキさんのだらしなさにそんな事情があったのですか」


 二人の関係にはパトリシアも驚いていた。


「理由があるのは髭と髪型だけだ。それ以外の部分はツバキの素だ」


 くつくつと笑いながらサルトビが指摘した。


「へー、性格とかは全然違うんですね」


 ルシリアが言った。


「当たり前でしょうよ。こんな奴と一緒にしないでくだせえや」


「兄貴の同類扱いは勘弁願いたい」


 ツバキとミツヨシはそろって言った。


「……やっぱりそっくりじゃない」


 イシルダが言った。


「姉さん、本人たちが否定してるんだからそれに合わせてあげましょうよ」


 ルシリアが言った。


「本当のことを指摘せずにおくのも優しさかと思います」


 パトリシアが言った。


「聞こえているんだが」


「みんな面白がってるだろ」


 ミツヨシとツバキはそろって顔をしかめた。


 同じ表情を浮かべる兄弟の姿は笑いを誘った。


「やれやれ、これから世界の命運を賭けて戦うというのになんとのんきな……」


 ワムシュは呆れていた。


「いいではないか。私たちはこうして明日も笑うために戦うのだから」


 そう語るフィーバルは笑みを浮かべていた。


「そうだね。フィーバルの言うとおりだよ」


 カロルもまた笑っていた。


「明日も笑うために……か。悪くない目的だ」


 玉座に座るバーニスが言った。


 そのとき、玉座の間の大きな扉が勢いよく開いた。

 駆け込んできたのはエステバルロだった。


「終の戦団の姿を確認いたしました!」


 エステバルロの報告を聞くと、バーニスは玉座から立ち上がった。


「来たか。後は我々がやる。エステバルロ、お前は残る兵士を連れて安全な場所まで離れろ」


 バーニスが命じるとエステバルロは唇を噛んだ。


「軍人でありながら陛下をお守りできない自分自身が不甲斐なくてたまりません」


「気に病むな。お前にはさんざん世話になった。それに、これからも世話になるつもりだ」


 バーニスがそう言うと、エステバルロは顔を上げた。


「これから忙しくなるぞ。帝国との和平もうまくまとめ上げなければならんし、終の戦団の被害を受けた人々の支援も必要になるからな。まともに休めるのはこれが最後だと思え」


 呆気にとられてバーニスを見ていたエステバルロはにやりと笑った。


「では、お言葉に甘えてゆっくりと休ませていただきます。陛下、後のことはお任せいたします」


 エステバルロは恭しく頭を下げた。


「ああ。わらわに任せておけ」


 バーニスはエステバルロを笑顔で送り出した。


「……ワムシュ、準備はいいね?」


 エステバルロの姿が見えなくなるとカロルが言った。


「いつでもいけますぞ」


 ワムシュが言った。

 答えを聞いたカロルはバーニスにうなずきかけた。


「ゆくぞ。正真正銘、これが最後だ。我らの手で終の戦団を打ち倒す。明日も笑うために」


 バーニスが宣言した。

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