第147話 やらねえぞ

 サルトビとツバキ、そしてフィーバルはエステバルロ達を転移させた砦と同じ砦に転移していた。

 その砦は戦場となったグロバストン王国の国境付近の砦と王都の中間に位置していた。


 ツバキは限界を超えて術を使ったサルトビを休ませると、エステバルロを含めた砦の兵士全員を王都に向かわせることにした。


「陛下は帝都の方に転移したはずだ。王都に行けばロプレイジとも連絡が取れる。准将は陛下の無事を確認してくれ。俺たちはサルトビが回復したら術で王都の方に転移する」


 ツバキが言った。


「陛下はご無事だと思います。ただ……」


 エステバルロの端正な顔が曇った。


「そうだ。陛下がいてもあいつには勝てない」


「……認めたくはありませんがその通りです。グラン隊長は命を落とし、グロバストン王国軍の精鋭もその大半があの青年に殺されました。我々は完膚なきまでに敗北しました。陛下とパトリシア殿が無事だったとしても彼らには勝てません」


「なんにしても陛下の無事は確かめなきゃならん。後のことは後で考えようや」


「そうですね。ところで、彼についてはどうするのですか?」


 エステバルロは部屋のベッドに横たわっている美しい青年に目をやった。フィーバルは未だに意識を取り戻していなかった。


「そっちも頭の痛い問題だな」


 ツバキは髭の生えた頬をボリボリと掻いた。


 マヤの術によってフィーバルを引きはがし、簒奪する刃を無力化するという作戦は無残な失敗に終わった。力の源であるはずのフィーバルを引きはがされたアルヴァンは、どういうわけかさらなる力を得たのだ。


「マヤはあの剣のことを誤解していたんだ。力の源だと考えていたフィーバルはある種の封印みたいなもんだったんだろう。それを引きはがしたせいで、アルヴァンはより大きな力を引き出せるようになった。そんな具合だろうな」


「我々が彼女の話に乗りさえしなければ……」


 エステバルロは壁に拳を打ちつけた。


「そう言うな。あの娘は必死だった。あのおっかねえ陛下にすごまれても怯まねえくらいにな。それに、俺には遅かれ早かれアルヴァンのやつが自力でフィーバルを引きはがしたように思えてならねえ」


「そもそも、フィーバルは一体何者なのでしょうか?」


「簒奪する刃の楔になってたとなりゃあ人間じゃあねえ。魂の管理者だろうな」


「これが……あの……管理者……」


 エステバルロは目を大きく見開いた。


「お前さんも察しがついていると思ってたんだが」


「いえ、そんなことを考えている余裕がなかったもので……」


「無理もねえが、生憎と俺たちには敵がいる。余裕なんてあろうがなかろうが勝つためには知恵を絞らなきゃな」


「勝つため……まさかフィーバルを利用するつもりなのですか!」


「当たり前だ。俺たちは猫の手でも借りなきゃやってられん。管理者の手なら大歓迎だぜ」


「しかし、相手は魂の管理者なのでしょう?」


「管理者を使うとなにか問題でもあるのか?」


 ツバキが問い返すと、エステバルロは答えに詰まった。


「まあ、フィーバルについては俺に任せてくれ。お前は王都の方を頼む」


「かしこまりました」


 エステバルロはうなずいて部屋を出ようとした。ツバキはその背中に声をかけた。


「ちょっと待った」


「なんでしょうか?」


 エステバルロが立ち止まって振り返った。


「悪いが斥候を貸してくれ」


「まさか、彼らを……」


「敵の様子を探るのは当然だろ。俺たちは勝たなきゃいけねえんだからよ」


 ツバキの言葉に驚きながらも、エステバルロは最も優秀な斥候をひとり残して砦の兵達とともに王都に出発した。



 それが二日前のことである。砦に残っているのはツバキにサルトビ、フィーバルだけだった。エステバルロからの連絡はないが、二日前に送り出した斥候は戻ってきていた。


 ツバキはいま、砦の管理を任せられていた大佐の部屋で、戻ってきた斥候兵から報告を受けていた。


「奴らは真っ直ぐ王都に向かってやがるのか」


 ツバキの顔が強ばった。


「はい。砦を出た終の戦団はおよそ一万の兵を引き連れて王都に向かっています」


 斥候の兵士がうなずいた。


「……奴らの通り道には街や村があっただろう。それらはどうなった?」


 聞きたくなどなかったが、ツバキは聞かねばならなかった。


「それが、終の戦団は村や街には一切手を出しておりません。完全な素通りです。人、物ともに被害は全くありません」


 兵士も自分が見てきたものが信じられないかのようだった。


「なんだと!」


 ツバキは目を見張った。


「手出しするつもりがないならなんだって兵を出してやがるんだ……」


 ツバキは考え込んだ。

 あのときの様子から察するに、アルヴァンは自分が殺した相手を自在に出したり消したり出来るのだろう。単に移動するだけであれば兵士を出現させる必要などない。


 軍勢を出して行進しても目立つだけだ。


 そこまで考えたところでツバキははっと顔を上げた。

 花鳥風月をひっつかみ、即座に部屋を出ると飛ぶように階段を駆け下りた。外につながる扉を壊れんばかりの勢いで押し開け、砦の周囲を見回した。


「ツバキ様、一体どうされたのですか!」


 慌ててツバキを追いかけてきた斥候が言った。


「俺たちがあいつらを見つけたんじゃねえ。あいつらが俺たちに見つけさせたんだ!」


 ツバキはどんな異変も見逃すまいと目を光らせながら答えた。


「奴らが私をつけてきたと言うのですか? お言葉ですが、それは……」


 兵士が反論しかけたとき、地面に大きな影が出来た。


「雲か?」


 兵士は顔を上げて、よく晴れた午後の空を見た。


「違う……ドラゴンだ……!」


 ツバキにははっきりと見えていた。巨大な翼で大空を舞う竜の姿が。


 空の竜から地上に向けて黒い物体が放たれた。

 ツバキはとっさにその場を離れた。だが、斥候の兵士は間に合わなかった。


 彼の体は貫かれた。空から降ってきた漆黒の剣によって。


 絶命した兵士が倒れると、彼の体に突き刺さった黒い剣のすぐそばに、あの銀髪の青年が現れた。


「ツバキさんでしたよね?」


 アルヴァンは兵士の体から簒奪する刃を引き抜きながら尋ねてきた。


「そういうお前はアルヴァンだな」


 ツバキは花鳥風月を抜きながら言った。


「面白い剣ですね」


 ツバキが持つわずかに湾曲した片刃の剣に目を留めたアルヴァンが言った。


「やらねえぞ」


 ツバキは数多の死線をともにくぐり抜けてきた愛刀を両手で握りしめた。


「大丈夫ですよ。僕はこの剣が気に入っていますから」


 アルヴァンはそう言って笑うと、簒奪する刃を構えた。


「そうかい、俺はその剣が大嫌いだ……お前さんもな!」


 ツバキは魔力を込めた足で地面を蹴り、一瞬のうちにアルヴァンの側面に回り込んだ。


 それと同時に花鳥風月を斜め下から振り上げた。だが、ツバキの刀は空を切っただけだった。


「エイドレスさんから聞いてはいましたけど、本当に速いですね」


 そう言ったアルヴァンは刀の間合いの遙か外にいた。


「嫌味か?」


 ツバキは目を細くした。


 渾身の一太刀を苦もなく躱されてしまったことは頭から追い出したかった。


「そんなつもりはないですよ」


 アルヴァンは苦笑していた。


「ツバキさんは体の使い方が上手いですね。魔力だけならヒルデの方が多いけど、ヒルデよりもずっと速い。さっきのが縮地なんですか?」


「……やらねえぞ」


 ツバキは花鳥風月を下段に構えた。


「いいえ。これはもらいます」


 アルヴァンは宣言した。


 そして、魂を奪う黒い剣で打ちかかってきた。

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