第148話 嫌なやつ

 ツバキはアルヴァンとの打ち合いが何合になるのかもう見当がつかなくなっていた。

 これほど長く打ち合うのはツバキにとって初めての経験だった。


「クソっ!」


 毒づきながら体をひねり、アルヴァンが突き出した黒い剣を躱した。


「本当に速いですね。いまのは捉えたと思ったのに」


 アルヴァンは目を丸くしていた。


「こちとらお前が生まれる前から刀にぎってんだよ。そう簡単に追いつかれてたまるか」


 ツバキは縮地を使って仕掛けた。独特の足運びに極限まで洗練された魔力による身体強化を上乗せすることで、ツバキの体は土地そのものを縮めたかのように移動する。

 そこから繰り出す神速の斬撃は全てを捉え、名刀花鳥風月の刃はいかなる相手も斬り伏せる。


 少なくとも、いままではそうだった。


 だが、この相手はツバキとは比べものにならないほど濃密で力強い魔力を纏うことで技巧の差を埋めてしまう。


 ツバキはもう単に攻撃を躱されるだけでは済まなくなってきていた。いつの間にか、アルヴァンは攻撃を躱した上で切り返してくるようになっていたのだ。


 アルヴァンは莫大な魔力にものをいわせた力業で攻めていると思っていたし、実際にそうだった。

 しかし、ツバキと打ち合う度にアルヴァンの動きは鋭く、滑らかになっていった。


 そして、アルヴァンの動きはツバキにとって見覚えのあるものだった。


 迷いを捨てて踏み込み、ツバキは縮地での突進からほぼ同時に三段の突きを繰り出した。


 にもかかわらず、その全てがアルヴァンに躱された。

 そのうえ、アルヴァンはツバキと同じ動きで三段突きを返してきた。


 動きそのものは同じでも纏う魔力には大きな違いがある。

 その結果、ツバキは左肩、右の脇腹、右の腿に深い傷を負わされた。


「……もうやらなくてもいいんじゃねえか?」


 ツバキは花鳥風月を支えにしてなんとか立つと、既に自分と同じ動きが出来るようになっているアルヴァンを見た。


「そんな気もするんですけど、途中で放り出すのは好きじゃないので」


 ツバキが積み上げてきたものをあっさりと奪い取った相手は、笑ってそう答えた。


「その剣無しでも奪えるとはな……頭にくるぜ……」


 悲鳴を上げる体を無理矢理動かして、ツバキは花鳥風月を両手で構えた。


「ツバキさんだってこの剣がなくてもその動きが出来るじゃないですか」


 アルヴァンは不思議そうな顔をしていた。


「言えてるな」


 ツバキはもう笑うしかなかった。


「じゃあ、終わりにしましょうか」


 アルヴァンがそう言うと、剣からにじみ出でている黒い魔力がさらに濃密になった。


「……手を抜いてやがったか……つくづく嫌なやつだ」


 ツバキは怒りにまかせて一歩踏み出した。恐怖に足が震えないようにと祈りながら。


「楽しい時間は長く続いて欲しいので」


 アルヴァンの言葉が耳に届くのと同時に、どす黒い魔力を駆使したアルヴァンの縮地が発動した。


 それはもはやツバキに対応できる動きではなかった。ツバキに出来ることなど死を受け入れることだけだった。


 だが、死はやってこなかった。


 代わりにやってきたのは、青いローブを着た髪の長い青年だった。その美しい青年の手には白い剣があった。

 そして、その白い剣はツバキに迫っていた黒い剣を受け止めていた。


「こっちでもその剣が使えるんだね」


 簒奪する刃を受け止められたアルヴァンが言った。


「前にも言ったが私はこの剣との付き合いが長いんだ。引きはがされるときに力の一部を複製させてもらった」


 白い簒奪する刃で黒い簒奪する刃を押し戻しながらフィーバルが言った。


「もちろん私の武器はこれだけではない」


 フィーバルは左手をアルヴァンにかざした。

 するとフィーバルの左手から白く輝く鎖が伸び、アルヴァンの黒い剣に絡みついた。


「これは嫌いだな」


 アルヴァンは顔をしかめた。


「では、こちらはどうだ?」


 フィーバルは拘束したアルヴァンに白い剣を振り下ろした。


「どちらかと言えばこっちの方が好きだね」


 アルヴァンは白い剣を黒い剣で受け止めながら言った。


「おいおい、なんだよ、そりゃあ……」


 ツバキは目を見張った。

 アルヴァンの右手にはフィーバルの鎖で縛られた簒奪する刃がある。


 そして、アルヴァンの左手にもフィーバルの剣を受け止めている簒奪する刃があった。


「ツバキさんには見せる機会がなかったんですけど、こんなことも出来るんです」


 こともなげにアルヴァンが言った。


「そういえばフィーバルにはまだ『これ』を見せてなかったよね」


 アルヴァンがそう言うのと同時に、鎖で縛られていた方の簒奪する刃が溶けて黒い液体になった。溶けた剣は鎖をすり抜けて落ちていき、地面に染みこんだ。


 瞬く間に大地が黒く染まった。

 そして、黒い地面からはアルヴァンが簒奪する刃で殺してきた人々が現れた。


「チクショウ! またこれか!」


 ツバキは刀を構えて死者の軍勢に備えた。


「奪った魂を隷属させたというのか……!」


 フィーバルは愕然としていた。


 ツバキはフィーバルと背中合わせになって死者の軍勢と対峙した。


「なあ、こいつらはアルヴァンが殺してきた連中なんだろ?」


 ツバキは肩越しにフィーバルを振り返った。


「察しの通りだ。あの剣の本質は殺した相手の魂を奪うことにある。加えて、剣の力を完全に引き出したアルヴァンは奪った魂を自由に使役できるようだ」


 フィーバルが答えた。


「もっと早く教えて欲しかったぜ!」


「本当に済まない。だが、埋め合わせはするつもりだ」


 思いもよらない返答に驚いたツバキが振り返った。


「なんだって?」


「まずは君をここから逃がす」


 フィーバルは有無を言わさずツバキの体を片手で抱えると、もう片方の手を砦にかざした。

 フィーバルの手から鎖が伸び、砦の屋上に設置されている旗竿に巻き付いた。


 ツバキが声を上げるよりも早く鎖が縮み、ふたりの体を一気に引っ張り上げた。


 アルヴァンの兵士達が突き出した槍はむなしく空を切った。


 だが、アルヴァンの反応は早かった。一瞬のうちにウルグロースカタパルトを出現させると、屋上に着地したふたりめがけて砲撃を放った。


 しかし、ニンジャは既に印相を組み終っていた。


「頼む!」


 フィーバルが屋上に待機していたサルトビに叫んだ。


「任せておけ」


 サルトビが応じるとともに術が発動し、サルトビ共々ツバキとフィーバルを転移させた。



「……うん。そうなんだ。また逃げられちゃって……」


 アルヴァンは通信機に話しかけながら砦を見上げた。

 グロバストン王国の堅牢な砦は、上半分がウルグロースカタパルトの一撃で消し飛ばされていた。


「またかよ。転移魔術はやっかいだな」


 通信機からはベリットのため息が聞こえた。


「まあ、転移に関しては僕がなんとかするよ。逃げ回られても面白くないからね」


「だなー。あたしらはお前が飛んでく前にいた辺りでキャンプ張ってるから、なるべく早く戻ってきてくれよ」


「わかった」


「……悪い。やっぱ可及的速やかに戻ってきてくれ」


「どうかしたの?」


 アルヴァンが尋ねた。


「いやな、お前、ドラゴンに乗って空から斥候を追いかけただろ?」


「うん。空から追いかければ気づかれないから」


「あれを見た聖女様が自分も空飛びたいって言い出してよ……」


「そうなんだ」


「それだけなら別にいいんだけどよ、あいつ、ローネンに自分を抱えて飛べって言ったんだよ」


「ローネンさんでもそれは無理じゃないかな」


 アルヴァンが言った。


「結論から言えばその通りだ。ただな、ローネンのやつがバカ正直に『重すぎるから飛べない』って言っちまったんだよ」


「あー……」


「それでアホ聖女様がへそ曲げてなー……おまけにクルツとグレースがそれ見て爆笑しちまったもんだから……こっちはひでえことになってる」


 通信機からはベリットの声に混じってなにかが壊れるような音と、ヒルデのものらしき怒声が聞こえてきた。


「あー……」


 アルヴァンはそんな言葉しか返せなかった。


「そういうわけでだ、アルヴァン、早く来てくれ。っていうか助けてくれ。あのアホ聖女を止められるのはお前だけだ」


「……すぐに戻るよ」


 アルヴァンは通信を切ると再びドラゴンを呼び出して飛んでいった。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る