第139話 作戦開始
ベリットはゴライアスの操縦席に映し出された周囲の映像を眺めると、特に味方が押されている南東方面に狙いを定めた。
「とりあえずあっちから行くか」
手元のレバーを操作すると、銅褐色の巨人が動き出した。
これだけ大きな物が動けば敵もすぐに気づく。
南東の王国軍は指揮官の命令に従って左右に分かれ、ゴライアスの進路から逃れようとした。
「発想は悪くないけど認識が甘いな」
ゴライアスの巨体を見て機動力でなら優位に立てると思ったようだが、それは間違いだ。
この巨人はとにかく大きい。歩幅も桁違いだ。
だから見た目よりも遙かに移動が速いのだ。
「はい、到着」
ベリットの予想通り、ゴライアスは王国の兵が移動するよりも速く戦場を駆け抜けた。
「残りは三分の二くらいか」
操縦席の映像を確認すると南東にいた王国の兵を三分の一ほど轢いたのが分かった。
「じゃあ、これで残りは三分の一っと」
ベリットはゴライアスに右を向かせると、銅褐色の巨人の進撃に立ち尽くしていた王国兵を巨人の左腕で叩きつぶした。
大地を割るほどの一撃が戦場を揺らした。
ベリットがローゼンプールでため込んでいた魔石に加えて、ワイルドヘッジとの戦いの最中に手に入れておいた魔石も残らず注ぎ込んで作り上げたゴライアスは、想像を絶するほどのパワーを有していた。
こんなものに耐えられる人間などひとりもいなかった。
「ふーむ、アホ聖女様が爆発起こした時の方が揺れがデカかった気がするけど……多分気のせいだな」
ベリット・ブロンダムの最高傑作がアレに負けることなどあってはならないのだ。
「武装の方も試してみるか」
ふと思い立って、ベリットは操縦用のレバーについているボタンを押した。
操縦席の映像が切り替わり、武装の照準が表示された。
「それでは、王国兵の皆様、さようならっと」
ベリットは残る三分の一の王国兵に狙いを定め、先ほどとは別のボタンを押した。
王国兵は巨人の一撃の強烈な振動のせいでまともに立つことさえ出来ていなかった。
唯一、なめし革のような顔をした五十代くらいの指揮官だけは、槍を支えにして立っていた。
だが、彼も他の兵士と同じようにゴライアスの右手の人差し指から放たれた白い魔力の閃光によって消滅した。
「うーし、白雷砲もばっちりだな! って言うか、アルヴァンの奴が撃つよりも威力あるんじゃね! まあ、あいつは本気出して剣振ると地形変えられるけど……」
ゴライアスの性能は申し分ないのだが、ベリットの心境は複雑だった。
「さてと、次はどこをいきますかね」
ベリットはゴライアスの向きを変えながら戦場を見回した。
敵の兵士は皆一様に恐怖に染まった顔で、銅褐色の巨人を見上げていた。
「アタシはいままで作るの専門だったけど、壊すのも楽しいな」
ベリットの顔に笑みが広がった。
「それにしても……あたし、ちょっと独り言多くね?」
その問いに答えは返ってこなかった。
「まさかあんなものまで……」
砦の北側で紅蓮の聖女との死闘を繰り広げていたバーニスは、突如として現れた巨人が暴虐の限りを尽くす様に唇を強く噛んだ。
自分と王の手で終の戦団の幹部共さえねじ伏せれば勝てる。
バーニスはそう考えていたのだが、巨人の登場で前提が崩壊した。
「よそ見だなんて……流石は女王陛下、大層な余裕ですわね」
炎の衣を纏った聖女は、腕を大きく振って無数の火炎弾を放ってきた。
バーニスは舌打ちして血の盾を作り、火炎弾を防いだ。
恐らく、自分か王の手であればあの巨人は倒せる。
だが、バーニスは紅蓮の聖女の相手で手一杯だった。
ロプレイジの剣帝以外に自分と渡り合える人間がいることなどバーニスは想像したことすらなかった。
この紅髪の少女は最強の魔術師である自分を相手にしても一歩も引かない。
それどころか……。
バーニスはそこから先を考えまいとした。
いま考えなければいけないのはあの巨人のことだ。
王の手達も終の戦団の幹部にかかりきりなのだろう。
となれば、グロバストン王国軍は巨人を止めることが出来ない。
この戦いはバーニスがクルツを殺すために始めたことだ。
無用な犠牲を出すことは許されなかった。
予定では終の戦団の幹部を何人か倒した上で作戦を開始するつもりだったが、バーニスは方針を変えることにした。
「……なんのつもりですの?」
紅蓮の聖女はバーニスの奇妙な行動の意味をはかりかねているようだった。
「終の戦団はこれで終わりだ」
バーニスは空に向かって血の弾を撃った。
打ち上げられた血は空の上で音を立てて弾け、大きな赤い花を咲かせた。
戦場に上がった血の花火を見ると、サルトビは不敵に笑った。
「あの花火にはなにか意味があるみたいね」
クルツが言った。人形遣いはこのニンジャに五体もの人形を破壊されていた。
「ああ、あれはお前達の終わりを意味して……」
しゃべっていたサルトビが突然咳き込んだ。
クルツにはニンジャが口元にやった手が赤く染まっているのがはっきりと見えた。
「あらあら、その病気、まだ治ってなかったのね。ひょっとして、もう手の施しようがないのかしら? 流石のニンジャマスターも病には勝てないみたいね」
クルツは勝利を確信した。
「……この病は実に忌々しいが、役に立つこともある」
ようやく咳が治まったサルトビは荒く息を吐きながら言った。
「とてもじゃないけどそうは思えないわ」
クルツは憐れみを込めて言った。
「そんなことはない。相手が病人と分かればどんな敵でも油断する。いまのお前のようにな」
サルトビは懐からさっと巻物を取り出すと、素早く地面に広げた。
クルツは慌てて人形で攻撃しようとしたが、もう手遅れだった。
「霧隠れの術」
ニンジャマスターの言葉とともに、広げられた巻物が燃え上がった。
すると、どこからともなく濃い霧が立ちこめ、戦場全体を包み込んだ。
「やってくれるじゃない!」
クルツは人形をサルトビに向かわせたが、ニンジャの姿は霧に紛れて消えてしまった。
「……ただの霧じゃないわね。魔力の探知が出来なくなってる……」
クルツはさっきまでサルトビや各方面で戦っているアルヴァン達、それに女王と王の手の面々の強い魔力を感じ取れていたのだが、いまは何も感じなかった。
「こっちもダメみたいね」
携帯していたベリットの通信機も試してみたが、使えなくなっていた。
「こんなことしたらあっちだって困るでしょうに」
クルツは頬に手を当てて考え込んだ。
霧は非常に濃かった。見通せるのは二十歩ほどの距離までだ。
「一体なにをするつもりなのかしら……」
クルツには敵の狙いが読めなかった。
作戦開始を告げる花火を見たマヤはすぐに行動に移った。幸い、周囲の敵はあらかた片付けていたので、邪魔が入ることはなかった。
サルトビから渡されていた青い金属で出来た小さな棒を箱から取り出して、頑丈な糸にくくりつけた。糸を垂らすと、くくりつけられた棒はとがった方の端を砦の北西に向けた。
「準備できました」
「よし、すぐにサルトビ殿が霧を出すはずだ。その後はその棒が向いている方に向かうぞ」
マヤの言葉にタルボットがうなずいた。
サルトビに渡された青い金属は、対になっている赤い金属と引き合う性質がある。これは魔力によるものではなく、この金属そのものの性質であるため、サルトビの霧の中でも道しるべとして使うことが出来た。
そして、女王と王の手達も同じように青い金属を持っている。
彼らは赤い金属を埋めておいた北西の合流地点までアルヴァンをおびき出すことになっていた。
「エリヤフ中佐、カイルさん、タルボット中佐、私は全てを終わらせます」
マヤは覚悟を決めて宣言した。だが、エリヤフは首を横に振った。
「それは違う。マヤ君、君の人生はこれから始まるんだ」
「ですが……私は……」
マヤは恐れていた。アルヴァンを止めたとしても、自分の過ちが消えてなくなるわけではない。取り返しのつかない過ちを抱えたまま自分の人生が続くのだと思うと足がすくんだ。
「心配することはない。私が見守っている」
エリヤフは震えるマヤの肩に手を置くと、優しく言った。
「中佐……」
マヤは涙がこぼれるのを懸命に堪えた。
「お前はまだ若い。先のことは終わってからゆっくり考えればいいだろう」
タルボットはぶっきらぼうに言った。
「……霧が、出てきました」
カイルがつぶやくと、すぐに辺り一面が真っ白な霧に覆われた。
霧は濃いが、マヤには自分に手を貸してくれた人々の顔を見分けることが出来た。
「さあ、行きましょう。アルヴァンを止めるために」
マヤは霧の中を走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます