第138話 大きいことはいいことだ

 ロプレイジ帝国の宮殿の一室では、五帝剣の一員にして帝国最高の魔術師であるレデフ・ワムシュが、契約を結んでいる魂の管理者アズミットを呼び出していた。

 カロルは久しぶりに顔を合わせたアズミットをじっと見た。


 あちらの世界とこちらの世界を行き来するのは管理者といえどもかなり困難なので、今のアズミットは幻影のようなものをこちらの世界に送り込んでいる。


 本来であれば鮮やかな緑色をしているのであろうアズミットの長いローブは少しぼやけており、彼の小柄な体も半透明だった。


「久しいな。たぐいまれな魂を持つ者よ」


 小柄で丸顔のアズミットが仰々しい言い回しでしゃべる姿は滑稽な印象を与えそうなものだが、魂の管理者にはそれを許さない威厳があった。


「ご無沙汰しております」


 ワムシュは軽く頭を下げた。


「ふむ、ロプレイジの皇帝にその姉妹、そしてお前と同じ五帝剣とやらの剣客か……」


 アズミットは部屋に集まっている五人を見回した。


 カロルはこの管理者の品定めするような目つきを嫌っていた。


 この世界で死んだ者は魂となって管理者の世界に送られる。そこで管理者達が魂の選別を行い、優れた魂は管理者の寵愛を受けてあちらの世界で幸せに暮らす。管理者の眼鏡にかなわなかった魂は、生まれ変わってもう一度こちらの世界で生きることになる。


 そして、危険だと判断された魂は消滅させられて無に帰る。


 死後の世界についての考え方は様々なものが各地に伝わっているが、これが真実だった。


 管理者達にも言い分があるのだろうが、カロルにはこのプロセスは管理者による魂の競売としか思えなかった。


 まだ生きているうちから優秀な魂の持ち主に接触して、力を与えることと引き替えに死後に自分の元へ来ることを誓わせる『契約』などというものがあるとなればなおさらだった。


 だが、契約を行ったワムシュにあらゆる面で助けられている以上、カロルには管理者を非難することなど出来なかった。


「管理者アズミット、ある遺物について話を伺いたい」


 カロルが口を開いた。


「遺物……遠い昔、こちらの世界と我々の世界の境が曖昧だった頃にこちらの世界に流れ着いた我々の武具か……」


 アズミットはそうつぶやきながらカロルが首にかけているペンダント、煌めきの涙滴を見た。


「それで、どの遺物について知りたいのだ?」


 アズミットが尋ねてきた。


「簒奪する刃について」


 カロルが言った。


 アズミットの反応は劇的だった。目を丸くしたかと思うと、固く結んでいた唇が震えだした。

 それに気づいたアズミットは無理矢理平静を保とうとしていた。


「なぜ……あれのことを知りたいのだ?」


「この世界にあるもうひとつの大国、グロバストン王国が簒奪する刃を持つ青年と戦っているからです」


 カロルが答えた。


「そんなはずはない! あれは封印した上で廃棄されたはずだ!」


 アズミットは声を荒げて否定した。


「残念ながら捨てちゃったはずの剣は健在なんですよ」


 ルシリアが言った。


「ありえん! あの勇者が自分自身を楔にして剣を封じたのだぞ! それがどうして……」


 アズミットは頭を抱えていた。だが、彼も他の面々の反応からカロルの言葉が事実だと悟りつつあるようだった。


 この管理者がこんな姿をさらすところなど、カロルはおろかワムシュさえも見たことがなかった。


「簒奪する刃とは一体何なのですか?」


 イシルダが尋ねた。


 しばらく考え込んでいたアズミットだったが、重い口を開いた。

 彼は管理者の世界に大いなる災いをもたらした黒い剣と、それを封じた勇者について語り始めた。



 

 グロバストン王国軍に包囲された砦の会議室にはグレースとローネンがいた。


「戦況はどうだい?」


 グレースは偵察から戻ってきたローネンに尋ねた。


「ホウ、皆さんは女王と王の手を相手に戦っております。今のところ、こちらは相手を倒していませんし、倒されてもいません」


 ローネンはグレースの腕にとまると状況を説明した。


「彼らでもそう簡単には勝てないか。流石はグロバストン王国の最高戦力だね」


「やはり今までの相手とはひと味違いますな」


 ローネンはうなずいた。


「一般兵の方はどうだった?」


「そちらに関しては我々が劣勢です。文字通り恐れを知らない我々の兵士といえども、グロバストン王国軍の精鋭が相手となると荷が重いようで、敗色は濃厚ですのう」


 ローネンは言いにくそうだった。


「女王の動きが急だから敵の士気はそれほど高くないと踏んでいたんだけど、そこを考慮しても相手が上か」


「そういうことですのう。兵の練度もさることながら、敵の指揮官の腕も相当なものです。特にハーカーという名の古参の軍人とエステバルロという名の若い男のふたりは敵ながら見事なものですのう」


「ボクらの兵はあまり器用に動けないからね」


 グレースは肩をすくめた。

 簒奪する刃による支配は強力なのだが、支配した相手に細かい指示を出すのには向いていなかった。


「こうなるとベリット君の出番かな」


 グレースは通信機を手に取ると、砦の練兵場にいるベリットにつないだ。


「おう、グレースか。どうかしたか?」


 通信機からベリットの声が聞こえた。


「ベリット君、そっちの準備は出来たかな?」


 グレースが尋ねた。


「いつでもいいぜ。っていうか、これの中って思いのほか狭くて居心地悪いんでとっとと始めてさっさと終わらせたいんだけど」


「ちょうど今、ボクらの側の兵が押されているんだよ。ちょっと行ってくれないかな?」


「『ちょっとパン買ってこいよ』みたいなノリで言われんのは癪だけど、引きこもってるのも飽きたしな。行ってくるか」


「ベリット殿、それが動き出すと同時に私がかけた偽装の魔術が解けますので気をつけてくだされ」


 ローネンがかけた術についての注意を促した。


「あいよ。そいじゃあ、行きますか。天才少女ベリット・ブロンダムの最終兵器、巨大機動鎧ゴライアス! 出撃するぜ!」


 通信機から威勢の良い声がしたかと思うと、グレースのいる砦の会議室が大きく揺れた。


「ヒルデ君の爆発ほどじゃないけど、こっちもすごいね」


 グレースはテーブルに掴まって体を支えながら窓の外を見た。

 窓の向こうの練兵場では、膝をついてうずくまっていた巨人が立ち上がっていた。


 通常の機動鎧は大人の男の二倍の大きさだが、このゴライアスは機動鎧の五倍もの大きさがあった。

 この巨大機動鎧は手足だけでもちょっとした塔ほどの長さと太さがあり、人間が足下から頭部を見ようとするとほとんど真上を向かなければならなかった。


「いやー、他人を見下ろすのって気分良いな」


 通信機から聞こえるベリットの声は弾んでいた。通常の機動鎧とは異なり遠隔操縦が出来ないためゴライ

アスにはベリット本人が乗り込んでいた。


「ベリット君は小さいからね……色々と」


 グレースは憐憫を込めて言った。


「ちょっとくらい色々とデカいからっていい気になるなよチクショウ!」


 喜びに水を差されたベリットが声を荒げた。


「ボクとしてもベリット君の健やかな成長を願わずにはいられないよ」


 グレースは笑っていた。


「あんなものに乗っている人間相手によくもまあ……」


 ローネンは恐れを知らないグレースに目を丸くしていた。


「大丈夫だよ。ヒルデ君ならともかく、ベリット君は敵味方の区別くらいつくからね」


 グレースが言った。


「……あ、あたりめーだろ! あたしはあのアホ聖女様とは違うんだからな! 味方を攻撃するなんてある

わけねーだろ!」


 殊更強い口調でベリットが言った。


「もちろんそうだよね。では、敵の始末を頼むよ」


「任せとけ」


 ベリットはそう言って通信を切った。


「……ヒルデ嬢の名前を出すことでベリット殿を上手く誘導しましたな」


 目を細くするローネンに対して、グレースは舌を出した。

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