第134話 ニンジャと踊ろう

「あの子達、腕は立つんだけどなんか頼りないのよねえ……」


 自分自身を模した人形から魔力の糸を切り離したクルツは、頬に手を当ててため息を漏らした。


「まあ、ヒス女様の相手をしなくてすむのは助かるわ。アタシは王国のオトコを物色しようかしら」


 クルツがいる砦の北側では、王国軍二百五十を相手に終の戦団の兵士二百が激戦を繰り広げていた。

 個々の能力では王国の兵を上回っている獣人兵だが、王国軍は巧みな動きで一対一の状況を作らないように立ち回っていた。


「なかなかイイ動きじゃない。指揮官はあのオジサマね」


 クルツは馬上で王国の兵に指示を出している人物を見つけた。


 年齢は五十代半ばほどだろう。なめし革のような顔の皮膚には深いしわが刻まれている。周囲の兵士は指揮官をハーカー大佐と呼んでいた。


 クルツは魔力の糸を伸ばした。狙いは味方の兵士。それも生きている兵士ではなく、王国軍に殺された兵士だ。


 胸を貫かれて死んだシカの獣人が、首を切り落とされた豚の獣人が、立ち上がれるはずのない者たちが、むくりと起き上がった。


「さあ、開演よ」


 クルツは死んだ兵士達を使って王国軍を襲った。王国の精鋭達もこの異常な事態には肝を潰した。

 終の戦団の兵士は既にアルヴァンの支配下にあるため、自分の隣で死体が歩いていても全く気にしなかった。


 クルツが操る死体は強かった。生前の兵達よりも遙かに俊敏に動き、技量も卓越していた。


 優勢だったはずの王国軍はあっという間に押し戻された。それでも指揮を執るハーカーは踏ん張っていた。


「ちょっと挨拶してこようかしら」


 クルツはハーカーを近くで見てみたくなった。

 味方の死体だけでなく、王国の兵の死体も操ってハーカーへの道を切り開いた。


 ハーカーの方もクルツに気づいた。


 彼の近くまで来ると、クルツは社交的な笑みを浮かべた。


「ハーイ、オジサマ。イイオトコがいるから見に来たわ。ちょっとおしゃべりでもしましょうよ」


「子供を手にかけるようなクズと言葉を交わすつもりはない」


 ハーカーは吐き捨てるようにそう言うと、馬上で槍を構えて突撃してきた。


「アタシ、イカツイオジサマって好きなのよねえ」


 クルツは手頃な王国の兵士に魔力の糸を伸ばした。糸に捕らえられた兵士は本人の意思に反して、突っ込んでくるハーカーの馬の前に出た。


 ハーカーは悪態をついて無理矢理馬の向きを変えた。飛び出してきた兵を避けることには成功したが、ハーカーの馬は足を折って倒れ、ハーカー自身も地面に叩きつけられた。


「大佐!」


 クルツに盾にされた兵士が悲痛な叫びを上げた。


「貴様、よくも……」


 なんとか起き上がったハーカーがクルツをにらみつけた。


「お見事。年季の入ったオトコはこうでないと」


 クルツはハーカーに惜しみない拍手を送った。


「まあ、部下を馬ではね飛ばすなんてクズみたいな真似をやるわけにもいかないものね」


 人形遣いはクスクスと笑った。


 ハーカーはクルツに襲いかかろうとしたが、痛みに顔をしかめた。


「ほらほら、頑張って。でないと、目の前の部下を見殺しにするクズになっちゃうわよ」


 クルツは盾に使った兵士に笑いながら近づいていった。


 この人形達でどう遊ぼうかと考えると、クルツの笑みはどんどん大きくなった。


 だが、人形はクルツの手から離れてしまった。


 捕らえた兵士のそばを黒い影が横切ると、クルツの糸が断ち切られた。


「あら?」


 影は首をかしげるクルツに飛びかかってきた。


 クルツは影が振るったクナイを際どいところで躱すと、影から距離を取った。

 温かい血がクルツの頬を伝った。


「相変わらずおかしな格好してるわね、サルトビ」


 クルツは黒装束のニンジャマスターに言った。


「お前に言われたくはない」


 サルトビは冷たく言った。


「バカなニンジャね。アタシのセンスが理解出来ないだなんて」


 クルツはフリルをふんだんにあしらった真っ白な自分の服を見下ろした。


「ハーカー、遅れてすまぬ。この男は拙者が引き受ける」


 サルトビはクルツから目を離さずにハーカーに言った。


「我々は別の敵を倒します。サルトビ殿、お気をつけて」


 ハーカーは生き残った部下とともに、別の馬に乗って去って行った。


「……あんたみたいな得体の知れないのとふたりきりになってもときめかないわ。とっとと終わらせましょうよ」


 クルツはため息をついて袖からカードを取り出した。


「では、死ね」


 ニンジャが繰り出してきたのは東方の投擲武器である手裏剣だった。


「その変な飛び道具を見るのもこれで最後だと思うとちょっと寂しいわね」


 クルツは三枚のカードを地面に投げた。


「最後に思う存分見ていくがいい」


 手裏剣を投げつけたサルトビは高速で印相を結んだ。サルトビの一族が代々受け継いできた東方の魔術、忍術だ。


「分身の術」


 ニンジャマスターが印相を組み終ると回転しながら飛んでいた手裏剣が次々と分身していった。手裏剣はあっという間にクルツの視界を埋め尽くすほどにまで増えた。


「こんなにたくさん見なくてもいいわ。あなた達、止めなさい」


 クルツは指を鳴らして投げたカードから人形を出現させた。


 最高の人形遣いが作り上げた三体の人形は王国の兵士よりも、終の戦団の獣人達よりも遙かに強かった。


 糸で操られた人形達は強化された手足で無数の手裏剣を弾き飛ばした。手足で間に合わなかった分は自分たちの体を盾にすることで防いだ。


 人形達はクルツを守り抜いた。


「良い子ね」


 クルツは人形達の働きに満足していた。


「……お前は見下げ果てた外道だ」


 普段であれば平板で冷たい忍者の声が異様な熱を帯びていた。


「自分で手裏剣投げたくせになに言ってるのよ」


 クルツはかぶりを振った。


「女王様の大切な孤児院の子供達が手裏剣まみれになったのはあんたのせいよ」


 人形遣いはにやりと笑った。


 クルツが使ったのは三年前に王都の孤児院から攫った子供達で作った人形だった。

 あちこちに手裏剣が刺さった子供達は生前のままの姿でサルトビを見ていた。


 だが、彼らの瞳に光はなかった。


「そうだな。拙者はその子達を救えなかった。償いなどしようもない。だが、お前だけは殺す」


「出来るかしら?」


「ああ、すぐにな」


 サルトビの両手が動いたことに気づいたときにはもう手遅れだった。


 分身した無数の手裏剣はニンジャの術で一斉に爆ぜた。間近で爆発に巻き込まれたクルツの人形達は全て破壊されてしまった。


「よくもあたしの子供達を!」


「この子達はお前のものなどではない!」


 サルトビは既に印相を組み終っていた。


 爆炎を突き破ってクルツに襲いかかってきたのは黒い体の巨大な虎だった。


「変化の術ね」


 クルツの言葉に虎は咆哮で応え、人形遣いを食い殺そうとした。


 だが、虎の鋭い牙はあと一歩のところでクルツに届かなかった。

 人形遣いは魔力の糸をより合わせて強力な網を作り上げ、虎を拘束していた。


「ふふっ、ニンジャ人形にしてあげるわ」


 両手に力を込めて黒い虎を縛り上げながらクルツは笑っていた。

 だが、捕らえられた虎もまた笑っていた。


 一瞬のうちにサルトビの変化が解け、ニンジャマスターは元の体に戻った。


 巨大な虎では抜けられない網も、細身の人間であれば難なくくぐり抜けることが出来た。


「拙者はお前を人形にしたりはしない。安心して死ぬがいい!」


 網を抜けたニンジャは素早く踏み込んでクナイを突き出した。


 単純な体術であればサルトビはクルツを遙かに上回っている。

 この攻撃は避けられないし、防ぐことも出来ない。


 クルツは冷静にそれを悟った。


 そして、少しだけ奥の手を使うことにした。


「くっ!」


 苦悶の声を上げたのはサルトビだった。


 ニンジャはとっさに飛び下がってクルツから離れた。岩をも貫くニンジャマスターのクナイはへし折られていた。クナイを持っていた右手も折れてこそいないものの、骨にヒビくらいは入っているはずだ。


「……痛ったいわねえ……」


 クルツもまた苦しんでいた。わずかばかりとはいえ、奥の手を使ってクナイを殴りつけた反動は大きかった。右腕の筋肉はずたずたになっているだろう。


 だが、クルツは生き延びた。


 クルツはこういう事態に備えて懐に忍ばせていた小さな紙の袋を取り出して、中に入っている紅い粉末を飲んだ。


 ヒルデの血液から作った薬のおかげで右腕の痛みは大分ましになった。完全に回復するにはまだ時間がかかるだろうが、今はこれで十分だった。


「なんだ……今のは……」


 ニンジャマスターは目を見張っていた。


「不思議なことが出来るのはニンジャだけじゃないのよ」


 人形遣いは腕の痛みを堪えながら笑った。


「……なにをやろうと結果は同じだ」


 サルトビは折れたクナイを捨てると、新たなクナイを取り出した。


「踊りましょう。死ぬまでね」


 クルツもまた袖から新しいカードを取り出した。


 人形遣いとニンジャマスターは再びステップを踏み始めたのだった。

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