第135話 グラン・モーランの叫び
砦の北側で終の戦団を率いる青年と対峙したグラン・モーランは主に詫びなければならなかった。
「女王陛下、申し訳ございません。私はこの青年の相手をするだけで手一杯になりそうです」
「構わぬ。こやつが片付き次第、わらわもそちらに加勢する」
バーニスは紅い髪の少女をじっと見ていた。
「本当ですか?」
アルヴァンは期待に目を輝かせてバーニスを見た。
バルドヒルデはそんなアルヴァンに冷たい視線を送った。
「……ああ、うん、約束は忘れてないよ……」
睨まれたアルヴァンはバーニスからグランに目を戻した。
グランは寒気がした。アルヴァンは本気で女王陛下と戦うことを望んでいる。
この銀髪の青年は勢いに乗っているだけの世間知らずな子供ではない。
遺物を手にしたことで自分が不死身になったと錯覚している愚か者とは全く違う。
今の女王陛下を――臨戦態勢に入った世界最強の魔術師を――前にすればそんな思い込みなど一瞬のうちに崩れ去ってしまう。
今、この青年を支えているのは遺物の力ではない。どうしようもないほどの歓喜なのだ。
ここで倒さねばならない。この青年は危険すぎる。
グランはそう判断した。
「すみません。あなたが先ですよね」
アルヴァンが言った。
グランの変化は相手にも伝わったようだった。
「ああ。私が先だ。そして、君には女王陛下に刃を向ける機会などない」
グランは背負っていた包みを解いた。
現れたのは一対の巨大な旋棍、ゲメロスだった。
グランは丸太のように太い腕よりもさらに太いゲメロスを左右の手に構えた。
「女王直属特務部隊『王の手』隊長グラン・モーラン、参る」
「いつでもどうぞ」
アルヴァンは黒一色の剣を抜いてそう言った。
極限まで鍛え抜かれたグランの両足の筋肉が膨れあがり、一瞬のうちに彼を敵の懐まで送り届けた。
岩を切り出したかのような強靱な腕がゲメロスをアルヴァンに叩き込んだ。
どす黒い魔力を纏う剣は繰り出された旋棍を止めようとしたが、それは叶わなかった。
落雷のような轟音が戦場に響き渡り、銀髪の青年の体は風に吹かれる木の葉のように飛んでいった。
「……すごいですね」
剣を支えにして立ち上がったアルヴァンは笑っていた。
グランはなにも言わずに再び仕掛けた。
双子の旋棍がうなりを上げて青年に襲いかかった。
アルヴァンは左の旋棍を剣で逸らし、次いでやってきた右の旋棍を躱した。
グランは休むことなく左右の旋棍を打ち込み続けた。
膂力ではグランの方が上だった。グランの片方の腕が繰り出す旋棍を、アルヴァンは両手で剣を握らなくては止められない。
グランはこの優位を決して手放さなかった。次々と攻撃を仕掛け、力で劣るアルヴァンを徐々に追い詰めていった。
そして、決定的な勝機がやってきた。
無理な動きで左の旋棍を躱したせいでアルヴァンが体勢を崩したのだ。
グランは右の旋棍を振り抜いた。
片手で剣を持たざるを得なかったアルヴァンは、簒奪する刃を弾き飛ばされた。
弾かれた剣はアルヴァンの遙か後方まで飛んでいった。
勝敗は決した。
グランは相手を粉砕すべく、双子の旋棍を一気に突き出した。
だが、ゲメロスは空を切っただけだった。
「なんだと! 一体どこに……」
グランが周囲に目をやると、銀髪の青年はすぐに見つかった。
彼は弾き飛ばされた簒奪する刃のすぐそばにいた。
「先ほどと同じ術か」
アルヴァンが最初に現れた時と同じように剣の場所に転移したことはグランにも分かった。
しくじりはしたが種は割れた。対処は出来る。グランは改めて間合いを詰め、アルヴァンを仕留めようとした。
グランの行く手を阻んだのは黒いバラの花びらだった。
ひらひらと宙を舞う花びらに本能的な危険を感じたグランは素早く後ろに下がった。
その直後、花びらが爆発した。
グランはこれを知っていた。
ワイルドヘッジの盟主だったフェイラム伯爵の長男、ブレンダンが持っていた遺物だ。
「遺物の力までも奪えるというのか……」
エリヤフからの報告で簒奪する刃の特異な能力については承知していたグランだったが、遺物の力まで奪っているとは思わなかった。
そこまで考えたところで、グランは恐ろしい可能性に思い至った。
爆発で生じた煙を貫いて砲弾がやってきたのはグランが慌てて身構えた直後だった。
煙による視界の悪さなどものともせずに正確に撃ち込まれた黒い魔力の砲弾に、グランは大きく後ずさった。
「ウルグロースカタパルト……」
バートランド・ユービクタス・フェイラムをワイルドヘッジの盟主にまで押し上げた最強の投石器はいま、終の戦団を率いる青年の手にあった。
近接戦闘では圧倒的な強さを誇るグランだが、遠距離戦は不得手だった。
間合いの外から絶え間なく放たれる漆黒の砲弾は、少しずつグランを追い詰めていった。
砲撃が途絶えた瞬間を狙って間合いを詰めようとするのだが、地面から生えてくるバラの蔓と炸裂する黒い花びらがグランの動きを封じていた。
劣勢に立たされたグランだったが、まだ希望があった。
アルヴァンの攻撃は強力だが決定打を欠いている。ゲメロスを駆使して立ち回ればそう簡単にやられはしない。
そして、グランはひとりで戦っているわけではない。
紅蓮の聖女が相手であろうと女王陛下は必ず勝つ。そうすればアルヴァンとは二対一で戦える。
女王陛下が勝つまで持ちこたえればいい。グランはそう考えていた。
アルヴァンの攻撃をゲメロスで凌いでいると、不意にひどく禍々しい魔力を感じた。
グランは頭上を見上げた。
そこには回転しながら落ちてくる簒奪する刃があった。
相手はしびれを切らしたらしい。再び転移して接近戦を挑んでくるようだ。
攻め手を誤ったな。
グランは心の中でつぶやくと、銀髪の青年を待ち構えた。
やってきたのは銀髪の青年ではなかった。
銀色だったアルヴァンの髪は黒く染まっていた。
グランがそれを疑問に思うよりも早く、先ほどまでとは次元の違う斬撃がやってきた。
アルヴァンが片手で放った斬撃は両方のゲメロスを使わなくては止められなかった。
数多の強敵を相手にしてきたグランも、これほどの一撃は受けたことがなかった。
「間合いの外から一方的に攻撃するのも気の毒なんでちょっと前に出てみたんですが、失敗したかな?」
愕然としているグランを見て、黒髪のアルヴァンは首をかしげた。
「グランさんは間合いが近い方が得意みたいだったからこれも使ったんですけど、やめた方がよかったみたいですね」
アルヴァンは黒く染まった前髪を指でつまみながら言った。
「女王様はヒルデに任せるって約束したんですが、今からでも取り消してもらおうかな」
青年は当てが外れたとでも言いたげだった。
「……見くびるな」
両腕には先ほどの一撃が未だにこびりついていたが、グランはそれを振り払ってゲメロスを構えた。
「君の相手は私だけだ」
グランは敵をにらみつけた。
「……そうですか」
アルヴァンは嬉しそうに微笑んだ。
グランは雄叫びを上げて黒い髪の青年に向かっていった。
叫びでもしないと恐怖に飲まれそうだった。
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