第126話 楽しければそれでいいから
湖畔ではアルヴァンが持つ黒い刃とフィーバルが持つ白い刃の衝突が続いていた。
同じ刃での打ち合いのなか、フィーバルは思った。
やはりこの青年は危険だ。
このどす黒い剣を体の一部のように使いこなすアルヴァンの姿はフィーバルにとっては悪夢そのものだった。
遙か昔に突如として魂の管理者の世界に現れたこの剣は、彼らの世界を大混乱に陥れた。
その後、甚大な被害をもたらしたこの剣はフィーバル自身が楔となって内側から縛り付けることでようやく封じられたのだった。
思い出したくもないほどの犠牲を払うことになったのだが、あのときの簒奪する刃にはまともな使い手などいなかった。
剣を手にした者はみな破壊衝動に取り憑かれて正気を失っていた。少し前までのフィーバルのように。
だが、持ち主が正気を失っていてもこの剣の力は圧倒的だった。
そしていま、この黒い剣には最高の使い手がいる。
剣が宿す呪いのような破壊衝動をも飲み込んでしまう心を持った覇気のない青年が。
アルヴァンがこの剣を持ち続ければ間違いなく取り返しのつかない事態が起こる。フィーバルはそれを止めなければならない。世界の安定を司る魂の管理者として。
フィーバルの目つきが変わったのを見抜いたのだろう。アルヴァンは素早く飛び下がってフィーバルから距離を取った。
そして黒い刃を左手に持ち替えると右手に黒い投石器を出現させた。
「ウルグロースカタパルトか!」
フィーバルは身構えた。
破滅的な魔力を纏う砲弾が二発続けてアルヴァンの投石器から放たれた。
フィーバルは白い刃を当てて一発目の砲弾を逸らした。二発目は直撃する寸前まで引きつけた。
そして持っていた白い剣を左に向かって投げると純白の剣に向かって転移した。
「左じゃだめだよ」
アルヴァンの楽しげな言葉が耳に届いたときには手遅れだった。
強烈な回転がかかった二発目の砲弾は鋭く向きを変えて転移したフィーバルに迫っていた。
避けられないことを悟ったフィーバルは剣を盾のように構えて砲弾に備えた。二発目の砲弾がフィーバルに直撃し、衝撃で湖に大きな波が立った。
フィーバルは黒い魔力が込められた砲弾をなんとか凌ぎきった。白い剣を盾にしているフィーバルの両手は無骨な白い籠手で覆われていた。
タラニスで防御を固めたこともあり、フィーバルが傷を負うことはなかった。だが、着弾の衝撃でフィーバルは大きく体勢を崩した。
アルヴァンはこの機を逃すような相手ではない。
黒い投石器が弧を描き、三発目の砲弾が放たれた。
しかし、それがフィーバルに命中することはなかった。
膨大な魔力を孕んだ砲弾はフィーバルの脇をかすめて飛んで行き、湖に着弾した。
湖畔の古木よりも大きな水柱が立ち、打ち上げられた水が雨のように降り注いだ。
「これ、なにかな?」
アルヴァンはウルグロースカタパルトを持つ右腕に絡みついた白い鎖をしげしげと眺めた。白い鎖はフィーバルの左手につながっていた。
先ほど砲撃を外したのはこの鎖が原因だった。
「私の鎖だ。この剣で奪い取ったものしか使えないわけじゃない」
「クルス島のヴァーグエヘルさんも似たようなのを使ってたけど、あれとは違うね。こっちの鎖はすごく強い」
右腕に巻き付いた白い鎖を軽く引っ張りながらアルヴァンが言った。
「竜は管理者が自分たちの僕(しもべ)として作った生物だからな。私の術の方が強力なのは当然だ」
左手から伸びる鎖をしっかりと握りしめてフィーバルが言った。
「そうだったんだね」
「いくらお前でもその鎖は切れない」
フィーバルは白い鎖に込める力を強くした。
「縛り付けるだけで終わりじゃないよね?」
鎖が右腕を締め上げていたがアルヴァンは平然としていた。
「縛り付けておくだけでは不十分だ。お前はこの世界から排除する」
「そうでないと」
アルヴァンは嬉しそうに笑った。
「消えてもらうぞ」
フィーバルは左手から伸びる鎖を強く引いた。
アルヴァンは抗おうとしたが、フィーバルの方が強かった。
白い鎖はフィーバルの目の前までアルヴァンを引き寄せた。
フィーバルは右手に持つ簒奪する刃をアルヴァンに打ち込んだ。
アルヴァンも左手に持った簒奪する刃を構えたがフィーバルの白い刃を止めることは出来なかった。
黒い刃は大きく弾かれた。フィーバルは鎖を握ったまま左手でアルヴァンの腹を打った。
重い一撃にアルヴァンは体を折った。
とどめを刺すべくフィーバルが白い刃を振り上げたとき、アルヴァンの髪が黒く染まった。
フィーバルが振り下ろした白い剣は黒い髪のアルヴァンが振るう黒い剣に逸らされた。
体勢を立て直そうとするフィーバルだったが、アルヴァンは鎖でフィーバルの左手とつながっている右の腕を強く引いた。
こちらを引き寄せようとするアルヴァンに対してフィーバルは鎖を切り離すことで対応した。
「そっちからは切り離せるんだね」
白い鎖から解放された右腕を見ながらアルヴァンが言った。
「これほど深く剣とつながることが出来るとは……」
もちろんアルヴァンが変化(へんげ)できることは知っていた。だが、改めてこの変化を目の当たりにするとフィーバルは驚きを隠せなかった。
かつて簒奪する刃を封じようとしたとき、フィーバルに追い詰められた剣の使い手は突然髪が黒く変色した。
あのときの相手は力の制御など全く出来ていなかった。ただ剣に操られていただけだ。
アルヴァンは違う。
自らの意思で自由に簒奪する刃の力を引き出している。
「お前は一体何者なんだ……」
フィーバルは問わずにはいられなかった。
「何度か同じようなことを聞かれたけど、僕は自分が誰かなんてあんまり気にしないんだよね」
少し考えてからアルヴァンが言った。
「楽しければそれでいいから」
黒い髪のアルヴァンは黒い剣を握りしめた。
「……やはりお前は危険すぎる」
フィーバルは白い剣を構え直した。
この青年は絶対に止めなければならない。
アルヴァンは誰かが止めない限り決して止まらないからだ。
フィーバルの左手から白い鎖が五本伸びた。二本は真っ直ぐにアルヴァンに向かっていき、残りの三本は鞭のようにしなってアルヴァンに襲いかかった。
アルヴァンは襲い来る三本の鎖を黒い剣ではねのけた。フィーバルは弾かれた三本の鎖を左手から切り離した。
残る鎖は二本。アルヴァンはそのうち一本を躱した。
フィーバルはその隙を突いて最後の一本を黒い簒奪する刃に巻き付けた。
アルヴァンの動きが止まった。
フィーバルは躱された鎖を手から切り離し、最後の一本に集中した。
「また力比べかな?」
アルヴァンが言った。
「いや、今回は勝負にならない」
フィーバルがそう言うと、切り離された四本の鎖がひとりでに動きだした。
白い鎖は次々と黒い刃に絡みつき、アルヴァンの剣を完全に封じた。
「今度こそ終わりだ!」
フィーバルは白い簒奪する刃を携えて拘束されたアルヴァンに迫った。
「今の僕でもこれは切れないね」
黒い髪のアルヴァンはため息をついた。
フィーバルは踏み込みの勢いを乗せて白い刃をアルヴァンに突き出した。
アルヴァンは黒い剣から手を離した。白い鎖は剣だけに巻き付いていたのでアルヴァンは自由の身になった。
「ようやくその剣を捨てる気になったか! だが、もう遅い!」
白い刃はもうアルヴァンの胸を貫かんとしていた。
「使えなくなったからもうひとつ出すことにするよ」
フィーバルにはアルヴァンの言葉に反応する暇などなかった。
届くことを確信していた白い刃は、アルヴァンの手の中に現れたもうひとつの黒い刃に防がれた。
「バカな……」
白い剣を弾かれたフィーバルの瞳には鎖に縛られたままの黒い剣とアルヴァンの手の中にあるもうひとつの黒い剣が映っていた。
「君がやってるんだから僕もやっていいよね」
そう言うとアルヴァンはもうひとつの簒奪する刃でフィーバルを突き刺した。
フィーバルは胸に突き刺さった黒い刃を呆然と見下ろした。
「……あれ?」
先に疑問の声を上げたのはアルヴァンだった。
「どういうことだ……」
フィーバルも戸惑っていた。
黒い刃に突き刺されはしたものの、フィーバルは痛みを感じなかった。
「君の鎖は本当に強いんだね。僕には君を追い出すことは出来ないみたいだ」
少し不満そうにそう言うと、アルヴァンは突き刺した剣を引き抜いた。
フィーバルは刺された胸に手を触れてみたが胸には傷ひとつなかった。
「こうなるとここにいてもしょうがないね。僕は戻ることにするよ」
アルヴァンはそう言ってフィーバルに背を向けた。右手に持っていたふたつめの簒奪する刃はいつの間にか消えていた。
「……私は諦めない」
フィーバルは唇を噛みしめた。
「僕もだよ。君にはいずれ出て行ってもらうからね。でも、それはまた今度にしようか」
振り向いてそれだけ言うと、アルヴァンの姿が消えた。
湖畔には白い簒奪する刃を手にしたフィーバルだけが残された。
広い湖は再び静寂を取り戻したのだった。
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